43. とっても嫌な女みたいじゃない
「はあ……。」
私は今日も引き継ぎのため生徒会室に向かって歩いているところだ。昨日の失態を思い出し、私は大きなため息をつく。全て私の責任だ。私の人生経験の乏しさが引き起こしてしまった事だ。ルカスにも悪いことをしたし、生徒会のメンバーにも迷惑をかけてしまった。
しかし人生経験が乏しいのは私の責任ではないのだ。ルカスは事情を知っているのだし、少しくらい多めに見てもらってもいいのではないだろうか。
「はあ……。」
ルカスのめちゃくちゃ落ち込んだ顔をお思い出して再び大きく息を吐く。
校舎の廊下を歩いていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「前向きに考えてはくれないかしら?」
アナベル学長だ。流石に二年間も在学をしているので声だけでも学長の声だと聞き分けられる。
「今は何とも答えられない。」
と、ルカスの声だ。こちらは間違えるはずがない。意外な組み合わせに無意識に聞き耳を立ててしまう。
「卒業まではあいつの側に居なければならない。」
ルカスのぶっきらぼうな声が聞こえる。しかし、いつもより丁寧に答えている気がする。
「もちろん卒業したら、の話よ。生徒が急に、はこちらとしても困るもの。」
「…………。」
「私には貴方が必要なの。私と貴方ならきっと上手くやっていけるわ。」
ゴンッ。
衝撃的な話の内容に、私は思わず頭を壁にぶつけてしまった。大きな音を立ててしまったため、私は咄嗟に窓から飛び降りる。ここは四階だ。私は指笛を吹くと、まるで待っていたかのように一頭のグリフォンが飛んできた。私は空中で体勢を立て直してその背中に跨る。
「ありがとう、いい子ね。校舎の屋上まで連れて行ってくれる?」
私はグリフォンの頭を撫でながら話しかける。今年の運動会でパートナーを組んだ、あの優秀なグリフォンだ。あれからも頻繁に会いに行って背中に乗せてもらっていたため、何の疑いもなく窓から飛び降りたのだ。絶対に来てくれると。
「あー生徒会嫌だな。」
私は学園に来て初めて登校拒否の子の気持ちが分かった。死の淵に立たされているという事実よりも、この混沌とした状況の中に入っていく方が私にはしんどい。
「楽しく明るく学園生活を送りたいだけなのにー。」
もうこのまま寮に帰って休みたいくらいに精神的に疲れてしまったが、生徒会の集まりの時間は迫っている。生徒会室に向かわなければいけない。今ルカスと顔を合わせるのは気まずいのに、さらに余計な情報が頭の中に入ってしまった。
「どう考えてもアナベル学長がルカスに告白してたわよね……。」
アナベル学長はもちろん私たち普通の生徒よりはかなり年上のはずだ。しかし見た目はどう見ても二十代半ばくらいの姿をしている。どこかで見た文字列ではないだろうか? そう、ルカスと出会った頃、彼の見た目を説明した時と全く同じ文章なのだ。おそらくアナベル学長とルカスは昔からの知り合いで、この先婚約してしまったとしても不思議ではないくらいの歳の差なのだろう。
「なんか、モヤモヤする…………。」
ルカスがアナベル学長の隣に立つ姿を想像すると、胸がギュッと掴まれるような苦しいような不思議な感覚を覚える。
「何、この気持ち。」
しかし人生経験の乏しい私には、この感情の正体が何なのか、今はまだ分からない。
「気持ち悪い…………。」
説明のつかない不快な感情を抱えつつ、私はお利口なグリフォンに別れとお礼を告げて、胸を押さえながら生徒会室に向かった。
「あら……貴方の可愛い可愛い恋人に、話を聞かれてしまったわね。」
グリフォンを自在に操るリディアの背中を見ながら、アナベルはクスリと笑う。
「気がついていただろう。わざと聞こえるように話していたんじゃないのか。」
俺は面倒なことになったなとため息を吐く。
これまでの回帰ではリディアの従者として学園についてきて居ただけのため、校舎に立ち寄ることもほぼなく、アナベルに存在を気付かれることもなかった。まさか今回に限って入学初日に見つかるとは思っていなかった。確実に囲い込まれている。リディアに話しを聞かせたのも、卒業後は俺を解放させるように予防線を張っておいたに違いない。
「それじゃ私、とっても嫌な女みたいじゃない。」
アナベルは口角をニイッと上げて笑う。
「それに俺とリディアはそんな関係じゃない。」
俺は窓の外から視線を外して教室に戻る。学長という立場上、表立ってリディアに危害を加えることはないとは思うが、リディアに対する俺の気持ちは伏せておいた方が安心だろう。
「そうなの? じゃあ何も問題ないわね。」
アナベルは肩をすくめて俺の後をついてきた。
「俺は生徒会室に向かう。この話はこれで終わりだ。」
教室の机に置いていた鞄を手に取ると再び廊下に出た。
「あら、そう。今日のところはこれで勘弁してあげるわ。いい返事を聞かせてね。」
アナベルは俺の肩をポンと叩き、反対方向に歩いて行ってしまった。
「さて、どうしたもんか。」
俺はこめかみに片手を当てながら、生徒会室へと続く廊下を歩き始めた。




