41. セイトカイノショキ
「早く出て行って。顔も見たくない。」
「俺が悪かった。反省してる。まさか倒れるとは思わなかった。」
レオに看病されて寝落ちし、次に意識が戻った時には寮の私室に戻っていた。
従者スタイルのルカスが私のベッドの横をうろうろしていたため、おそらく彼が私を運んでくれたのだろう。見た事もないほど憔悴した表情をしていたため、一時間ほど寝たふりをして様子を窺っていた。『ちょっとくらい困ればいいのだ』と、ちょっとだけイタズラ心が湧いてしまった。
しかしさすがに寝たふりも飽きてきて、一時間椅子にも座らず動き回っているルカスも可哀想になってきたため、いかにも『今起きましたよ』的な感じで目を開けた。そして冒頭に戻る。
「エリオット様との会話を遮った。」
「すまない。」
「豪華なお料理も食べ損ねた。」
「俺がいくらでも魔法で出してやる。」
「ルカスとも普通に踊りたかった。」
「………。」
ルカスは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まってしまった。今日はルカスの見た事のない表情がたくさん見られたなと思う。
「ルカスはちゃんと私と踊りたくなかったの?」
「踊りたかった。」
「じゃあ、来年は普通にダンスしようね。」
「………分かった。」
従者スタイルのルカスは大きい。立ち上がれば顔を見るだけでも首が痛くなるほど大きい。その彼が子どものように丸くなっていてすごく小さく見える。私は可笑しくなってきて、我慢できずにくすくすと笑い始めてしまった。
「機嫌、治ったのか?」
「ふふっ、笑ったから怒られると思った。」
「怒るわけないだろ。今日は俺が悪かった。リディをエリオットと踊らせたくなくて………他の誰とも踊らせたくなくて、俺とのダンスで疲れさせてしまえばいいと…………そんなバカな事を考えてしまった。」
「本当に馬鹿ね。『誰とも踊るな』っていつもみたいに偉そうに言えば良かったのに。」
俯いて顔にかかった長い髪の隙間から、キラキラと光る赤い瞳が私を見つめる。
「言えば踊らなかったのか?」
「そうね……多分?」
私はにこりと笑って首を傾げる。
「じゃあ………来年の聖夜祭は俺以外、誰とも踊らないでほしい。」
私はその言葉を聞いてひゅっと息を飲み込んだ。まさか懇願とも取れるような言葉がルカスの口から紡がれるとは思わなかった。誰とも踊るな、と命令はされども。
「返事は?」
ルカスの顔が私に近づき、コツンと額と額を合わせられた。近い、近すぎる。心臓が爆発しそうなほどドキドキしている。『近いよ』って突き飛ばそうと思ったが、ルカスの目が表情が真剣すぎてそういう雰囲気ではない。頭の中でパニックが起こっている私は言葉を発する事も出来なかったため、小さくこくりと頷いた。
ピコンッ。
特殊ルート解放
攻略対象 ルカス
「あ、そういえば……………。」
「何、どうしたの?」
ルカスから解放された額を押さえながら、私は首を大きく横に倒す。
「今日の生徒会交代でリディが生徒会の書記に指名されてた。」
「へ?」
セイトカイノショキ? それは何ぞ。
「生徒会は知ってるだろ?」
「な、何となく?」
「簡単に言えば、生徒の代表だな。行事の運営などをしてる。」
「ああ、収穫祭で売り上げを渡しに行ったところか。」
私はポンと手を叩いた。
「………まあ、そうだな。」
「で、ショキって何をしたらいいの?」
ルカスは呆れた顔をしながらも説明を続ける。
「会議の議事録なんかを作ったりすんじゃないのか? 俺もやった事はないから詳しくは分からない。」
「ルカスも分からないの?」
「生徒会のメンバーは学園の三年だけで構成されているからな。これまでのリディアは誰一人として、生徒会に入った者はいなかったし。」
「どうしよう……私にできるかな……。」
「今年度の行事は既に全て終わってる。冬季休暇と春季休暇で来年度に向けて引き継ぎをするらしい。」
「という事は、今年も長期休暇…………。」
「ヴェルディ邸には帰れないだろうな。」
「このまま私、卒業するまで一度もヴェルディ邸には帰れないって事なのかしら?」
「さあな………。まあ参考までに言っておくが、今までのリディアたちの中にヴェルディ邸に帰った者や、帰ろうとした者は、誰一人としていない。」
「何で帰らなかったの? それとも私と同じように帰れなかったのかしら。」
「正直、俺にはよく分からない。特に興味は無かったからな。願い事を叶える時以外、俺が呼び出される事はなかった。」
「そんなドライな感じだったのね。乙女ゲームとは思えないほど殺伐としてるわ。」
「また訳のわからない事を…………。」
ルカスは半眼で私を見つめている。前世の記憶を共有できない事が何とももどかしい。
「話を戻すが、書記についてはリディなら簡単だろうと言っていた。お前は一度見たものや聞いた事は忘れないからな。数少ないリディの特技を活かせるんじゃないか。」
「本人のいないところで誰がそんな無責任な事言ってたのよ……。」
「新しい生徒会長と、副生徒会長だ。」
「……セオとクロエね。本当とんでもないわね。」
先ほど倒れた時には一目散に駆けつけてくれた二人だが、こういう時は本当に容赦がない。普段は見せない王族らしい部分だな、と思う。
「明日からまた忙しくなる。今日はこのまま眠れ。」
そう、聖夜祭が終わったら翌日から冬季休暇に突入するのだ。本人の了承も許可もなく、突如投げ込まれたスケジュールにより、怒涛の冬季休暇が待っていることは目に見えている。ルカスが私の眉間にそっと指で触れると、目の前がぼんやりとしてきて眠気が襲ってきた。何かしらの魔法をかけたのだろう。もうその眠気に抗う気力は残っていなかった私は、「お休み、ルカス。」とだけ言って瞳を閉じたのだった。




