40. これ以上の被害者が出ない事を祈るよ
「ひどい。ひどすぎるわ。」
私は真っ青な顔で保健室のベッドの上に横になっている。ダンス酔いした私を、セオドアとクロエがここまで運んでくれたのだ。
「リディア様を誰とも踊らせたくなかったのかもしれませんね。」
「やり方は悪すぎるけどねー。」
二人とも苦笑いを浮かべている。
私をこのような状態に陥れた犯人は、エリオットに拘束されてお説教をされているという。何それ、私も見たいんだけど。
「セオとクロエ様もごめんなさい。私はもう大丈夫だから二人は会場に戻って。」
せっかく二人で踊っていたところを邪魔してしまった。
「私とセオドア様ならいつでも踊れますし、大丈夫ですわ。」
「僕もクロエを他の男と踊らせたくないし、戻らない方が助かるかなー。」
「まあ、セオドア様。」
クロエは頬を染める。
実はクロエとセオは婚約者同士なのだ。真面目で優等生なクロエと軟派なセオドア。意外な組み合わせではあるが、これがまた相性がいいのだ。
「で、ですが社交界に出れば王子妃として、たくさんの方と踊らなければなりませんわ。」
「だからよけいにねー。学生時代のクロエくらい独り占めさせて欲しいなー。」
ご、ご馳走様です……。
ガラガラガラ。
「おい、お前ら。気分の悪いリディアの前でいちゃついてるんじゃない。」
「レオ!」
「俺が変わるから、会場に戻って来い。セオとクロエがいないと生徒会の引き継ぎができないだろ。」
「あ、そうだったー。」
セオドアが慌てて立ち上がり、クロエも後を追って保健室の扉に向かう。
「ありがとう二人とも。引き継ぎ頑張ってね。」
「リディア様はゆっくり休んでくださいね。」
「じゃあねー、リディア。おやすみー。」
二人はひらひらと手を振って会場へと戻って行った。
「すまないな、リディア。すぐに来れなくて。ちょうどダンスの相手が変わったとこでなかなか抜け出せなかった。」
レオは頭を掻きながらベッドの横にある椅子に座る。
「レオは人気者だからね。」
体育祭で演舞を披露した日からレオのファンは急増し、今やかなりのモテ男に成長している。レオの演舞は本当にめちゃくちゃカッコよかった。そしてそれは収穫祭で2-Aが一位を獲得した大きな要因でもある。
「大丈夫よ、セオとクロエがすぐに駆けつけてくれたし。二人で踊っていたから切り上げやすかったのよね。」
「まだ顔色が悪いな。何か飲み物でもいるか?」
「ありがとう。お水、あるかしら。」
レオは優しい。
「ほら、水。あったぞ。」
顔はちょっと怖いけど。
「こら、喧嘩売ってんのか? まあ、思ったより元気そうで良かったけど。」
「あはは……。またいらん事だけ声に出ちゃった。レオは優しいなって思っただけ。」
レオと友だちになる勇気を出した、入学当初の自分に感謝だ。
「誰かさんと違って、か?」
「え?」
「リディアはエリオットが好きなんだと思ってたが、違うんだな。」
「私はエリオット様のファンよ。大好きに決まってるわ。」
「そういう好き、じゃねえよ。お前も、本当はもう分かってんじゃねえのか?」
「………。」
レオは優しい。そしていつも鋭い。的確な指摘をしてくる。
「レオは人の事、よく見てるよね。」
私は苦笑いでコップに手を伸ばす。
「お前の事だけ、な。」
「へ?」
レオが真面目な顔でこちらを見つめている。私の手はコップに届く前に固まってしまった。ど、どう意味だ。
「…………なんて間抜けな顔してんだよ。嘘だよ。ほら、早く水。」
「びっくりした。そうだよね、びっくりした。」
もう一度言う、びっくりした。レオも私の事を好きなのかと思った。……てか、『レオも』ってなんだ。他にも私の事を好きな人がいるみたいじゃないか。自意識過剰にも程がある。でも時々、勘違いしそうになる時がある。エリオットとルカスが自分の事を好きなんじゃないかって。そんな夢のような勘違い…………。
「…………俺の事は別にいいが、エリオットとルカスノの事はちゃんと考えてやれよ。」
ゴホッ、ゴホゴホ……。
盛大にむせた。口に含んだ水を吐き出さなかったのは奇跡だ。
「ねえ、レオ。何で今、そんなややこしい事言い出すのよ。」
私はコップをサイドテーブルに置いてレオを半眼で見つめる。
「だってそりゃ…………今日が『聖夜祭』だからじゃねえか?」
レオは私の背中をさすりながら説明を始める。
ソピアグノーシス学園の『聖夜祭』。それは、生徒会の引き継ぎ行事であるとともに、愛する人に気持ちを伝える日でもあるそうだ。
「なるほど、クリスマスと終業式とバレンタインを足して三で割ったような日、というわけね。」
私は大きく頷いてみせる。
「何言ってるか全然わかんねえけど、リディアには本当に色気がない事だけは分かった。」
レオは呆れた顔で私を見つめている。何か変な事を言ったかしら。我ながら上手く例えたと思うけど。
「と、とにかく私には、まだこの日を楽しむ準備はできていなかったという事だわ。また来年に持ち越しね。」
「…………これ以上の被害者が出ない事を祈るよ。とにかく今は眠れ。」
レオの大きな手が瞼の上に置かれ、私はすぐに睡魔に襲われたのだった。




