4.俺は大魔法使い様だ
馬車が無事にヴェルディ邸に戻り、私はふーっと息を吐いた。ここまで来れば大丈夫だろう。そう思って馬車を降りたのだが……。
「遅かったな。それにしても俺から逃げるとはどういう了見だ。」
馬車を降りるために借りていた手は、まさかの先ほどの変な人だった。
「きゃーーーーーー! うぐっ。」
驚きのあまり叫んでしまったが、すぐに大きな手で口を塞がれてしまう。
「ふざけるな! 俺が変質者みたいだろ!」
十分変質者だ。私は涙目で睨みつける。両手で引き剥がそうとしているが、ガシリと押さえつけられていてびくともしない。
「静かにするなら手を退けてやってもいい。」
私はコクコクと大きく頷く。
「きゃーー! うがっ。」
手が離れた瞬間に叫んだが一瞬で元通りに戻ってしまった。
「死にたいのか、お前。」
私は全力で首を横に振る。
「次やったら命はないからな。」
私は真剣な表情で何度も頷く。そろそろ言うことを聞いた方が良さそうだ。これだけ騒いでいても誰も助けに来ないということは、私たちに何かしらの魔法がかけられているのだろう。
「貴方は誰、ですか?」
口が開放されると同時に、私は彼に問いかけた。
「俺は大魔法使い様だ。」
大魔法使い様って、かの有名な大魔法使い様? 私は首を大きく傾ける。目の前の変な男は冗談を言っているような雰囲気ではない。
大魔法使い様といえば、建国史にも出でくるような歴史上の人物だ。子ども向けの絵本にも出てくるような有名な魔法使いのため、この国の者であればほとんど全ての人が知っているだろう。しかし、その大魔法使い様と同一人物であればこの人は不老不死の化け物という事になる。目の前の大魔法使い様を名乗る男はどう見ても二十代半ば程度の見た目をしているのだ。そんな事あるのだろうか。
「で、その大魔法使い様が何で本の中に?」
「ああ、くだらない罠に引っかかって閉じ込められていた。俺とした事が。」
大魔法使い様はため息を吐きながら片手で顔を覆う。
「じゃあ、せっかく本から出られたのに何で私を追いかけ回すんですか?」
「……お前と契約しちまったからだよ。」
顔を覆っていた手を額に上げて、赤い瞳で私を見下ろす。
「契約?」
「そうだ。俺を本から出したやつと契約が結ばれる仕組みになっていた。」
大魔法使い様は心底面倒くさそうだが、尋ねた事には意外にもきちんと答えが返ってくる。
「どんな契約ですか?」
「契約者の願い事を三つ叶える。そしたら俺は本当に自由になれるんだ。っんとに面倒な罠をかけられたものだ。本から出られても自由になれないように二重の仕掛けになっていたんだ。」
大魔法使い様は眉を顰めて顔を逸らす。
「じゃあ、私が三つ願い事を言えばどっかに行ってくれるんですね。」
「………まあそうだが、何か引っかかる言い方だな。まあ急に願い事三つと言われても見つからないだろうから、三年間の猶予をやる。」
横暴なんだか親切なんだか分からないな、この人。
「願い事を決めるまではどう過ごされるおつもりですか?」
「はあ?ずっとお前について歩くに決まってるだろ。いつ願い事を思いつくか分からないからな。」
「ええっ!」
いやいや、困りますよ大魔法使い様。
私は明日から新しい推しを愛でまくる楽しい学園生活を送る予定なのだ。こんなヤバいやつを連れていたらそれどころではない。友だちすらできないかもしれない。なる早でお帰りいただこう。
「じゃあ一つ目の願い事ね。こっちに来て。」
私は大魔法使い様の腕を掴み、走り出す。
「え……いやまだ学園にも……えっ、おい……。」
先ほどまで逃げ回っていた私に引きずられて大魔法使い様は驚いているようだ。しかし私には一刻の猶予もない。
「おいお前!俺は寝起きなんだ。乱暴に扱うな。」
大魔法使い様は走るのが苦手なようだ。
「着いた! この辺がいいわね。」
私は中庭の一番お気に入りの場所まで大魔法使い様を連れてきた。
「ここにテーブルをセッティングしてください!」
「はあ?」
「いいから!」
大魔法使い様は呪文を唱えることもなく、半眼で何もない場所に向かって手をかざす。すると手をかざした場所にキラキラと光が降り注ぎあっという間に可愛いテーブルセットが現れた。
「二つ目はここに美味しいケーキを並べて……三つ目は美味しい紅茶を用意して!」
大魔法使い様はさっきと同じようにテーブルに向かって手をかざすと色とりどりのケーキといい香りの紅茶が出てきた。
「わあ、すごい。願い事を三つも叶えてくださってありがとうございました! これで私への用は済みましたよね。お元気で! 二度と閉じ込められないように気をつけてください。さようなら。」
私は笑顔でそれだけ言うと、ぺこりとお辞儀をしてケーキと紅茶の置かれた席に座る。
大魔法使い様は怪しすぎるが、せっかく出してもらったケーキと紅茶はきちんと消費しなければ勿体無い。私はケーキを一つ選んで、フォークで切り分け口に運ぶ。普通に美味しい。もう一口、と思ったところで顔を上げると大魔法使い様がまだそこに突っ立ったままな事に気がつく。顔は下を向いていて表情は分からないが、何やらプルプル震えている。どうしたのだろう。大丈夫だろうか。
「ふ………。」
「ふ?」
大魔法使い様はまだ私に言いたい事があるようだ。




