3. 今度はこんな頭の悪そうな奴が俺の封印を解いたのか
「リディアお嬢様、お出かけですか?」
「ええ、今日は建国祭ですから。」
「お一人でですか?」
「……何か?」
「いえ、珍しい事もあるものだと。」
いつ何時でもお兄様について回っていた私。一人でお祭りに行こうなんてこれまでは一度も考えたことはなかった。しかし、学園に入学すればもうそこにお兄様はいない。さすがにそろそろ兄離れをしなければいけないと思ったのだ。
「じゃあ、行ってきます。」
私は一人、元気よく玄関を飛び出して馬車に乗り込んだ。従者や護衛は付けないのかと思った方もいるだろうか。私には『防犯アクセサリー』があるため問題はない。街の中央手前で馬車を降りる。お祭りのため通行制限をしていて、馬車ではそれ以上進む事ができなかったからだ。
「いろんなお店が出ているのね。」
私はキョロキョロと全ての出店に目を奪われながら歩く。
「去年まではお兄様しか見ていなかったから、何も覚えていないわ。」
そう言って苦笑いを浮かべる。何を隠そう、私は完全なるブラコンである。この世界の一番の推しは血の繋がったお兄様だったのだ。
幼い頃は毎日その麗しい姿を見放題。話し放題。触り放題。お兄様が学園に行ってからもお祭りやイベント事がある時は必ずヴェルディ邸まで戻ってきてもらい、私の我儘で一緒に過ごしてもらっていたのだ。
「でもさすがにお兄様からは卒業しないとね。」
このままでは、お兄様の未来のお嫁さんに怒られてしまう。お兄様もとい推しの幸せは決して邪魔をしてはいけない。それが私の推し活ルールである。
「何か買って食べちゃおうかな……。」
サンドウィッチにスコッチエッグ、チョコにドーナツ、ナッツに綿菓子。美味しそうな香りがあちこちから漂っている。
「あれ?」
お財布を取ろうと鞄を探っていると、ふわりと視覚の端に光る何かが飛ぶのが見えた。顔を上げてその光の正体を探す。
「ちょう、ちょ……?」
キラキラと光る蝶がひらひらと目の前を飛んでいる。私は思わず手を伸ばすと、蝶は捕まらないように少しだけ距離を取る。私は操られるようにその蝶を追いかけ始める。こんなにも輝く蝶がお祭り会場の中を飛んでいるというのに、私以外の誰もこの蝶の存在に気が付いていないようだ。しばらく後を追いかけていると、その蝶はある建物に入って行った。
「本……古本屋さんか。」
中は薄暗く、床から天井までびっしりと古書が並べられている。
「……ちょっと怖いわね。」
そう言いながらも、先ほどの蝶の行方が気になり私の足は止まらない。
「確かこっちの方に……え?」
私はある本の前で立ち止まる。目の前の本棚に立てられた一冊の本の背表紙がぴかぴかと光り輝いているのだ。
「さっきのちょうちょと同じ光り方……。」
追いかけていた光る蝶はどこかに消えてしまっている。絶対に怪しいし、絶対に触らない方がいいと思うのだが、勝手に身体が動いてしまう。私が本に触れた瞬間、その本はさらに輝きを強め、本棚からするりと抜け出して空中にふよふよと浮かんだ。そして、まるで読めと言わんばかりに表紙の文字が一文字ずつ光りはじめる。
「だ・い・ま・ほ・う・つ・か・い・こ・こ・に・ね・む・る……………大魔法使いここに眠る?!」
プシューーー。
いきなり本から花火のようにたくさんの光が飛び出し、煙のようなものも噴き出てきた。何だかやばい事になったと思うが、どうにも足が動かない。金縛りにでもあっているようだ。もくもくとで続けていた煙はやがて人のカタチに変化していく。
「はあ……。やっと出られた。」
煙が声を発した。そう思った瞬間、煙の中から目の眩むような強い光が放たれ、めちゃくちゃ美しい男性が姿を現した。はらりと顔にかかる長い黒髪に色気さえ感じる。伏せていた瞼を開けるとルビーのようにキラキラと光る赤い瞳が私を捉えた。
「何だよ………今度はこんな頭の悪そうな奴が俺の封印を解いたのか。冗談だろ。」
その綺麗なお顔に似合わず口が悪い。
「おいお前。何か願え。三つ叶えてやる。そしたら俺は晴れて自由だ。」
何かめちゃくちゃヤバいやつが現れた。
両親からは常々、変な人とは目を合わすな、話すなと言われ続けている。と言うわけで、私は高速回れ右をして一目散に古本屋を出ると、馬車まで走り込みお祭り会場を後にした。私、何しにここまできたんだったっけと半泣きで思う。『防犯アクセサリー』使えばって? 多分、向こうに殺気や私を害する気持ちがなければ作動しないのだと思う。発売から5年、まだまだ改良の余地がありそうだ。




