2.やっぱり学園に入学します
アーサーとお兄様の会話を右から左へ聞き流し、お兄様の美しい横顔を心ゆくまで堪能していたが、流石にそろそろ動きたくなってきた。会場をぐるりと見回す。
「あれ?」
すると、会場の端で一人の男性が違和感のある動きをしている事に気がつく。
「怪我をしているのかしら?」
平静を装っているが、どうにも歩き方が変な気がする。チラリとお兄様を見上げてみるが、アーサーとの会話に夢中で私の事など気にしている様子はない。躊躇っている間に、その男性は会場の外へ出てしまった。
「よし……。」
私はこっそりと会場の隅へ移動し、その男性の後を追って会場の外に出る事に成功した。
「こっちの方に来たと思ったんだけど……。」
男性の姿を追いかけ、中庭の方まで出てきてしまった。長い直線の廊下では姿が見えていたのだが、入り組んだ中庭に入った途端見失ってしまった。キョロキョロとしながら薄暗い中庭の奥へと進んでいく。
「……うっ。」
茂みの中から男性の声がした。かなり苦しげだ。ゆっくりと声の聞こえた方へと近づく。
「大丈夫ですか?」
後ろ向きに屈んでいる男性を驚かせまいと、優しく声をかけた。すると彼の肩がびくりと揺れる。
「だれっ!?」
「まあ……。」
振り向いた男性の顔は汗ばみ、頬は赤く紅潮していて息も上がっている。どう見ても普通の状態では無いことは明らかだ。しかしかなりの美男子である。遠目では分からなかったが、男性ではなく同じ年くらいの男の子だ。
「推せる……。」
「は?」
男の子は美しい眉を顰め、悩ましげな表情を浮かべる。美しいだけじゃなくて色気もある。
「……じゃなかった。ちょっとだけ触りますね。」
「こ、来ないでっ!!」
男の子は大きな声を上げて怯えたように丸くなる。
「動かないで、怖くないよ。」
そう言いながら私は男の子の背中を撫でる。するとふわりと白い光が男の子を包む。
「へ?」
驚いたように男の子は顔を上げる。
「何を!……し、たの?」
私の方に顔を向けた男の子の頭の上にはハテナが浮かんでいる。しかし表情は先ほどよりもかなり落ち着いている。
「楽になった?」
私はにこりと微笑む。
「どうして……。」
男の子は目玉がこぼれ落ちそうなほど目を見開いている。
「痛いの痛いの飛んでいけ、ですわ。私のおまじないは昔から効果が凄いんです。」
「別に痛かったわけでは……いや、ある意味痛かったけど……。」
男の子はポッと頬を染める。
「ふふっ、何それ?」
今度は私が首を傾げる。そしてふと下心が湧いてくる。
「あなた、何歳かしら?」
「えっ?」
男の子は怪訝な表情を浮かべる。唐突すぎたかもしれない。
「私、今年の春からソピアグノーシス学園に入学するの。」
「ああ、私も……。」
男の子は納得した顔でこくりと頷く。
「やっぱり!」
私は手を叩いて喜ぶ。入学したらまたこの男の子に会える。それも毎日。学園で推し活ができる。
「じゃあ、また学園で!」
私は意気揚々と走り出す。早くお兄様に報告しなければ。『やっぱり学園に入学します!』って。家族と離れるのが嫌すぎて入学を渋っていた学園であるが、超絶楽しみになってきた。
「え……。」
突然走り去った変な女を驚愕の表情で見送る先ほどの男の子。貞操の危機を守ってくれた救世主に向ける表情ではない。
「普通、名前とか聞くんじゃないのかな……。」
ごもっともである。
「お兄様!」
「リディー! どこに行ってたんだ。心配するだろう。」
会場に戻ると、お兄様は必死の形相で私を探していた。
「推しの貞操の危機を守りましたわ。」
もちろんあの男の子がどういう状態だったかくらい分かってますよ。傷つけてはいけないので、気付かないフリをしていただけですから。
「また訳のわからない事を……。」
お兄様は片手で顔を覆っている。
「まあ、とにかく無事でよかった。」
「そんな事より、お兄様。私、学園に入学します!」
「……知っているよ。」
入学を渋ってはいたが、入学しない事を許可されてはいなかった。
「そうではなくて、お兄様が居なくても学園で何とかやっていけそうです!」
「そうか……それは良かった。友だちでもできたのか?」
お兄様は嬉しそうな少し寂しそうななんとも言えない表情を浮かべる。
「いえ、推しができました!」
多分言わない方が良かったんだと思う。友だちって言っとけば良かったのだ。だって、お兄様の顔は見た事がないくらい引き攣ってしまったのだから。




