32.私は口を縫い付けたほうがいいのかもしれない
林間合宿当日。学園から馬車で数時間の穏やかな山に到着。そこからはハイキングで山を登り、中腹でお弁当を食べ、陽が落ちる前に頂上の宿泊施設にたどり着いた。今のところ何事も起こらず、最高の林間合宿となっている。
「これが…………宿泊施設?」
山の上に建てられている目の前の建物はかなり素晴らしい作りで、おおよそ『宿泊施設』などと呼んでいい雰囲気ではない。というか、普通に城である。
「昔は王家所有の城だったらしいですよ。今は学園に寄贈されて、宿泊施設として利用されています。」
クロエは呆然と立ち尽くしていた私の肩にポンと手を置き、丁寧に説明してくれた。さすがクラス委員。知識もありつつ、クラスメイトの異常行動にもきちんと対応していて素晴らしい。
「建物は古いけど、中は改装されてるから綺麗だよー。早く行こー。」
セオドアが私の腕をグイグイと引っ張って入り口へと向かっていく。私はまだセオドアが王子だと言う事にまだ99%の疑いを持っているのだが、そういう情報を持っているところはさすが王族。でも、セオとアーサーは全然似てないのよね。
「そりゃそうだよー。僕とアーサーは異母兄弟だからねー。」
「しまった。また口が勝手に……。」
「それは天然なのか……。もしや、聞きにくい事を聞くためにわざとやっているのか……。」
レオが顔が怖い顔でこちらを見ている。いや、元からこんな顔だったかもしれない。
「………リディア、てめえふざけてんのか。」
私は口を縫い付けたほうがいいのかもしれない。
「そんな訳ないだろ。こいつがそんな器用な事、出来るはずがない。」
ルカスが肩をすくめている。それはそれで失礼だな、君。
「いや……リディアは魔法も出来る、勉強もそれなりに……となってくると、もはや何が真実だか分からなくなってきた所だ。」
「…………リディはそんな複雑な人間じゃない。」
「リディア嬢は真っ直ぐで、優しくて、何でも一生懸命で、素直ないい子だよ。ね、ルカス。」
「はあ?」
どこからともなくふらっと現れたエリオットが、めちゃくちゃスムーズに会話に入ってきた。今日も最高に美しい。そして間髪入れずに不満の声を上げるルカス。彼は私の事が嫌いなのだと思う。
「エ、エリオット様? それはさすがに褒めすぎですわ。」
一旦ルカスは無視して、エリオットに声をかける。私の顔を覗き込み、微笑んでいるからだ。
「エリオットは顔はいいけど、女の子の趣味は悪いねー。」
セオドアが隣でボソリと呟いた。が、普通に聞こえている。
「セオドア様! それではエリオット様にもリディア様にも失礼ですわ。」
突然、本物の王子を叱りつけたのは、もちろん私ではない。クロエだ。私たちだって別にセオドアを特に王子扱いなどした事はないが、叱りつけた事もない。指をさされて指摘されたセオドアは、大きな瞳がこぼれ落ちそうなほど目を見開いている。
「クロエ様、大丈夫ですわ。セオはいつでもこんな感じですから。そういう時は聞き流してもいいと思うのだけれど……。」
私は眉を下げて笑う。正義感の強い、クラス委員のクロエとしては放っておかない発言だったのだろう。しかし出来れば先ほどのセオドアの呟き、誰も拾い上げないで欲しかった。
「ふふっ、本当にね。リディア嬢はこんなにも素敵な女性だから、セオドアも照れているのかな。」
そしてエリオットまで…………最高の笑顔で私を更なる地獄に落とさないでほしい。お世辞とは分かっていても、身に余る褒め言葉を頂いて居心地が悪い。彼は本当に人を揶揄うのが好きだ。
「意図せずリディア様に不快な思いを……。大変申し訳ございません!!」
「ちょっと待ったぁ!」
クロエは地面に膝をつく勢いで頭を下げたので思わず腕を掴んでしまった。もちろん侯爵令嬢であるクロエに膝をつかせるわけにはいかなかったのだが、この手はどう収拾をつけたらいいのだろうか。
「えーと……その……。」
「はあ。」
しどろもどろになっている私を見て、ルカスがため息を吐く。微塵も助ける気はなさそうだ。
「と、取り敢えず中に入りましょうか!」
私は右手にセオドア、左手にクロエを掴み『宿泊施設』と言う名の城にツカツカと歩を進めた。
言い方を変えよう。右手に第なんちゃら王子、左手に侯爵令嬢を従えて、この夏のミッションの発生現場となるであろうダンジョンに足を踏み入れたのだった。怖い。いろいろな意味で怖い。
「あははははは、リディア嬢は本当に面白いね。」
頭の後ろでエリオットの愉快そうな笑い声が聞こえる。全く何も面白くはないのだが、まあ推しを笑顔にできた事だけは自分を褒めてあげたいと思う。そして、私の事なんてどうでもいいんだ。私はセオドアとアーサーの異母兄弟の話をもっと掘り下げたかったのに………。どこをどう間違えたのだろうか。




