30. 俺の口からは何とも
縁起のいいグリフィンと日頃の特訓の成果で、セオドアもグリフィン騎乗射的で見事、優勝を果たした。半年間もグリフィンの騎乗練習をしている生徒など、きっと他にはいないため当然の結果だろう。
そして話題となっていたレオの演舞だが、結論から言うとめちゃくちゃ素晴らしかった。前世でいうところの応援団のような演技に魔法を掛け合わせた演目で、かなりの迫力があった。そして言わずもがな、その容姿に似合いすぎていた。普通に優勝。
「今年の運動会は平和だったわね。」
寮に戻ってきた私とルカスは、いつものように私の部屋でささやかなお疲れ会を開いている。今年も無事に運動会を終える事ができた。更に、私とルカスは参加協議での優勝も果たしている。順調すぎてちょっと怖い。
「お前は去年も平和だったろ。砂場でセンチビートの頭をかち割っただけで。」
「アレはアレで頑張ったのよ。色んな意味で。」
まさか十五歳にもなって、スコップで砂場の砂を掘る事になるとは思わなかった。物理的ダメージは1ポイントも喰らわなかったが、莫大な精神的ダメージを与えられた。
「まあ……そうだったな。」
昨年の運動会の後、散々私の愚痴を聞かされていたルカスは眉を顰めて同意した。再びの愚痴大会が開催されるのを回避したようだ。
「まあ、二年の運動会はお楽しみ会のようなものだ。今のうちに楽しんでおいて正解だ。」
「という事は……。」
私は慎重にルカスの顔色を伺う。
「…………俺の口からは何とも。」
ルカスが口を閉ざすという事は、間もなく何らかのミッションが待ち受けている可能性が高い。
そして春季休暇前に交わした会話からも推測するに、今年のミッションは夏季休暇に起きる何かだと思われる。
「毎年、夏が山場という事なのかしら………。」
私は顎に手を当てて首を傾げる。
「………さあな。」
ルカスはこれ以上のヒントをくれるつもりはないようだ。
「まあ……準備はすれど、心配しても意味ないのよね。運動会みたいにやる事が分かっていれば練習もするけど、次は何が起こるかも分からないし、その時が来るのを待つしかないわ。」
「お前は心配性なのか、肝がすわっているのか分からないな。春季休暇とは別人だ。」
「そ、それはエリオット様に無様な姿をお見せする事になるのでは、と憂鬱になっていただけで……。」
「自分の命よりも男が大事、と。」
「言い回しに悪意があるわ。憧れの人には少しでもいい姿を見せたい、って思うのは悪いことかしら?」
前世でも、推し活に出向く人々が戦闘服に身を包んで楽しげに目的地に向かっていたのを思い出す。もちろん前世の私はそういう人たちをテレビを見ていただけだったのだが。
「そういう風にバカにするのは良くないわ。」
「…………………バカにしたつもりはない。すまなかった。」
私はギョッとしてルカスの顔を凝視する。あのルカスが素直に謝った。レオの演舞に心が浄化されたのだろうか。それとも運動会でルカスにも推しができたのだろうか。それか、何か変なものでも食べたか………。
「お前。今、物凄く失礼な事考えてないか。」
「えっと、その………。」
「おい。」
私が目を泳がせていると、目の前でバブルがパチンと弾けた。もちろんルカスの魔法だ。額にデコピンを受けたような軽い衝撃を受ける。
「いや、ルカスが素直に謝るなんて珍しいな、と思って。」
大して痛くもないのに額を手でさすりながら話す。
「…………………俺はお前をバカにしていた。」
「私は今、喧嘩を売られているのかしら?」
私は椅子からガタンと立ち上がって両手を前に構える。魔法を打ち込む準備は万端だ。先ほどのバブルの仕返しは何がいいだろうか。
「落ち着け、話はまだ途中だ。」
そう言いながらルカスは片手をこちらに向ける。
「今だって、昔のお前……リディア相手ならば片手すら上げることもなかった。リディア……ああ、やっぱり違うな……お前は良く頑張っている、と思う。」
「…………ありがとう、で良いのかしらそれは。」
私は構えていた手を下ろしながら首を傾げる。喜んで良いのか悪いのか微妙なところだ。
「だけど、何で『お前』って言ったり『リディア』って言い直したりするの?」
取り敢えず本気でルカスと戦う気は1ミリもないので、大人しく椅子に座り直す。ルカスはここでようやく手を下した。
「『リディア』と呼ぶと、これまでの何十人ものリディアが頭を掠めるんだ。お前を『お前』と呼ぶのもどうかと思ってるが、『リディア』と呼ぶのも違う気がしてる。」
ふいと横を向いたままルカスはそう言う。
「それって、いい事よね。私の事をリディアの中の一人としてじゃなく、唯一の存在と思ってくれてるんでしょ? 嬉しいわ。」
私はぱちりと両手を合わせて、にこりと微笑む。ルカスはチラリと横目でこちらを見た。
「そんなに………喜ぶことか。」
「当たり前よ。幸せに十五年間も過ごしてきたこのリディアとしての生が、『何十回も回帰を繰り返しているリディアの内の一回です』って突然言われたのよ。めちゃくちゃ怖かったし、悲しかったわ。」
「確かに……。俺たちはずっと記憶があるからな。」
「まあそれはそれで大変だと思うし、嫌な思いも沢山してきたんだと思うんだけど。でも…………この先何があっても、もう私の事忘れないでいてくれるって事でしょ?」
「…………。」
ルカスは今まで見たことのないような、何とも言えない表情をしている。
「ふふっ、そんなルカス君には特別に、私の事を『リディ』って呼ぶ事を許してあげましょう。」
「………何でそんなに偉そうなんだ。」
ルカスは呆れ顔でため息を吐いている。しかし、『リディ』という愛称は特別なのだ。今までは愛しのお兄様にしか呼ばれていなかった。
「『リディ』って呼んでもいいよ………なんて照れながら言われたら気持ち悪いでしょ。」
「それはそうだな。いたっ。」
一呼吸も置かず、何なら少しかぶせ気味で返事をしたルカス。自分から言っておいて何だが、ちょっとだけムカついたのでテーブルの下で強めに蹴りをを入れてしまった。良い子の令嬢は真似しない事をオススメする。




