29.とても賢くていい子よ
「トップはリディア・ヴェルディーーーーー! 後続を遥か彼方に置きざりにして堂々1位でのゴールです!」
春の月の最終日、ソピアグノーシス学園二回目の運動会。私は大歓声に包まれながら本日の相棒、黄金のグリフォンと共にゴールテープを切った。
「去年の砂場宝探しとは規模も観客もすごい違いね。」
私はグリフォンの背中から降り、彼の額を撫でながら苦笑いを浮かべる。学園の運動会のため、応援は生徒のみか生徒の保護者だけかと思っていたのだが、王国の騎士団や魔導士団の上官、王宮近衛隊の人事部、生徒の親ではない皇位貴族の当主なども多数見にきているらしい。そして去年参加していたEクラスの競技は、意図的に観客の目に入らない所で行われていた事が分かる。『強烈差別運動会』の名は伊達ではない。(そんな名前ではない)
ちなみに今年はお父様とお母様が観客席に来てくれているらしい。先日、『学園からの招待状が届いた』という内容の喜びの手紙が届いていた。そして、ヴェルディ伯爵家に学園の運動会の招待状が届けられたのは二年ぶりらしい。前回届けられたのは二年前のお兄様の運動会の招待状。言わずもがな、去年は招待状は届かなかった。特に確かめた訳ではないが、昨年のEクラスのクラスメイトたちの実家にも、それ以前のEクラスの生徒たちの実家にも招待状は届いていなかっただろう。理由は想像の通りだ。
「せっかく1位だったのにそんなに嬉しそうじゃないんだねー。」
「セオ!」
彼はいつも通りヘラヘラしながら姿を現した。
「セオの競技はもう終わったの?」
「ううん。僕は次のグリフォン騎乗の射的だから、縁起のいいグリフォン借りに来たんだー。」
そう言って私の隣にいるグリフォンに視線を移す。
「この子でよければどうぞ。とても賢くていい子よ。」
私がグリフィンと目を合わせると、彼はコクリと頷いた……気がする。離れがたい気持ちを抑えながら私はグリフィンとの『一時契約』を解除する
「ありがとう、そうさせてもらうねー。」
セオドアが続けて『一時契約』の締結を行った。
「そう言えば、ルカスは今年も『湖宝探し』で圧勝していたよ。」
「毎年新しいルール覚え直すのもだるいからな。ここまで来たら、三年間ずっとアレでいい。」
セオドアの後ろからルカスが涼しい顔で現れた。湖に潜って宝を探していた男の姿には見えない。ちなみに『湖宝探し』は運動会の最初に行われる競技で、かなり盛り上がる………が、かなり危険度が高く、競技者も苦しいため立候補は少ない。もちろん私もやりたくない。おそらくルカスは来年も余裕で『湖宝探し』に出られるだろう。
「ルカス、お疲れ様。優勝おめでとう。」
「ああ……お前もな。」
ルカスからそのような言葉が返ってくるとは思わなかったため、少しだけ驚いた。
「レオは最後の魔導演舞に出るらしいからみんなで観ようねー。僕はそろそろ行ってくるー。」
「頑張ってね。セオの競技も観に行くよ。」
セオドアはグリフィンの背に乗り、大きく手を振って集合場所に向かって行った。
「レオが演舞……。」
絶対に踊ったりしなさそうな彼が、一体どういう踊りを見せるというのか。
「魔導演舞は魔法と演舞の融合させた競技で、かなり見応えがあるんだ。毎年、運動会の最終競技だよ。レオがどんな演目を見せるのか興味があるね。」
「エリオット様!」
いつの間にかエリオットが隣に立っていて、私は飛び上がって驚いた。
「先程のハイピクシーの捕獲、見事でした! 魔物の捕獲競技とは思えないほどの美しさで……。」
私は鼻息を荒くしてエリオットを褒め称える。ハイピクシーとは、蝶のような姿をした魔物で、人に幻覚を見せる妖蝶だ。C・Dクラスの競技で対象となるダークピクシーよりもキラキラしていて見た目は美しいが、その捕獲の難易度は何十倍とも言える。ハイピクシーには戦闘能力はなく討伐自体は難しくないため生け捕りしたものをポイントに換算する。逆にダークピクシーは幻覚を見せる能力はないが、その素早さと集団での物理攻撃に注意しなければならない。そしてその名の通り真っ黒なため、物陰などに隠れられれば見つけるのが一苦労だ。
「ハイピクシーに認識されれば幻覚が厄介だからね。私自身に認識阻害の魔法をかけて、気づかれる前に弱い氷魔法で冬眠状態にさせてしまったんだ。」
「開始早々のキラキラは『認識阻害』の魔法で、その後ハイピクシーがぽと……ぽと……と地面に落ちた時のキラキラは『氷魔法』だったんですね!」
「『氷魔法』が得意な私にはラッキーな競技だったよね。」
「ラッキーな訳ないです。その発動速度と効果範囲も素晴らしい、きゃっ!」
私は突然腕を引っ張られてバランスを崩した。
「ちょっと、ルカス! 急に引っ張ったら危ないじゃない!」
「そろそろセオドアの競技が始まる。観に行くんだろ。いつまで喋ってるんだ。」
「それはそうだけど………。ひと言言ってくれれば……」
「私も一緒に観に行くよ。自分の競技もリディア嬢の競技も終わったから、後はもう予定がなくて。」
顰めっ面でルカスに抗議していた私の前に、エリオットの麗しいご尊顔が現れた。私は瞬時に笑顔に切り替える。
「はい! エリオット様も一緒に向かいましょう!」
「ちっ。」
「ルカス、舌打ちしない!」
「何で俺だけずっと怒られるんだ。俺の競技は観にこなかったくせに………。」
「そ、それは……集合場所が迫っていたので……競技会場の近いエリオット様の方に応援に……。」
「ああ、それで。」
「…………。」
ルカスはふいっとそっぽを向いてしまった。
「ら、来年は絶対に観に行くわ。」
拗ねたルカスの腕を掴んで、顔を覗き込む。
「絶対、だからな。」
「うん……。」
なぜ私はこんな約束をさせられているんだろう、という思いと、何の躊躇いもなく『来年』の約束に頷いてくれたルカスに、ほんの少しだけ感動する気持ちが共存し、複雑な心境でセオドアの競技を見守るのだった。




