28.修正テープで消して回りたい
魔法付与の授業は新しい学問だ。元々はヴェルディ家が特許を取得して独占していた技術だが、数年前に特許が切れたため今は誰もが使える事になっている。しかしながら、複雑な魔法付与にはかなりの魔力と技術が必要なため、特許が切れたからといってヴェルディ商会が販売している商品を誰でもが作れるわけではない。そして、得意不得意がとてつもなく別れる授業である。前世でいうところの工作や美術にあたるだろうか。
「では、この布に魔法を付与してみましょう。黒魔法が得意な人は『氷魔法』を。白魔法が得意な人は『治癒』の魔法を付与してみてください。」
そんな事、考えたこともなかった。私はどちらが得意だろうか。
「取り敢えず『氷魔法』を……。」
パキパキパキパキッ。
氷漬けの布が出来上がった。
「失敗しても予備の布がありますからね。取りに来てください。」
先生が教卓で教材用の布をひらひらと持ち上げている。かなり目立った失敗をした私は、隠すこともできず素直に予備の布をもらいに行く。
「次は失敗しても目立ちにくい『治癒』……。」
ポコッポコポコッ。
机の上に三つの綿花が誕生した。
「『再生』か?」
「『復元』か『巻戻し』かな。どっちにしても付与じゃなくて、普通に魔法かけちゃってるよね。」
左右からレオとエリオットに覗き込まれて、容赦なく突っ込まれる。
「ううっ………。苦手なのよ、細かいことは。」
氷漬けの布と綿花を机の上に並べて、半泣きでそれを眺める。
「『ヴェルディ商会のお家芸である〈物への魔法付与〉は、娘が赤子の頃に付与して見せた事が始まり』と教科書にも書かれているよ。」
見事に『氷魔法』を布に付与し終えたエリオットが、教科書の総論部分を開いて見せてくれた。何故か今読み上げられた部分にマーカーで線が引かれてある。
「…………そんなのは迷信ですよ。」
「お前がそれを言ったらおしまいだろ。」
ルカスは前の席から適切な突っ込みを入れてきた。余裕そうなところを見ると、すでに魔法の付与は終わっているのだろう。私はAクラス全員分の教科書の同文を、マーカーではなく修正テープで消して回りたい衝動に駆られている。
「リディア・ヴェルディ。上手くいかない時もありますよ。自暴自棄になってはいけません。」
「学習しないな、お前。」
またもや考えている事が口に出ていたらしい。
「ほとんどの方が魔法付与に成功してますね。『氷魔法』を付与した布は夏場の暑さ対策やアイシングに。『治癒』を付与した布で傷を覆えば、その治りが早くなります。ただの布でもかなり役に立つ魔道具に変わりますので、皆さんには残りの二年間、色々な魔法付与にチャレンジしてもらいたいと思います。」
先生はそう締めくくって、初の魔法付与の授業が終わった。
「まあ、氷漬けになった布は同じ効果がありそうだしギリギリ合格じゃないかな。」
ガックリと肩を落としている私にエリオットが優しく声をかける。
「はあ? 何の迷いもなく赤点だろ。氷魔法が付与された布と氷漬けの布じゃ、効果の持続時間が全然違うんだよ。」
ルカスはエリオットのフォローを一刀両断する。
「でも、リディアの『氷漬け布』全然溶ける気配ないねー。これ、いつまで持つのかなー?」
セオドアがリディアの机までやってきて、問題の『氷漬け布』をツンツンと突いている。
「明日までそのまま置いといてみろよ。参考までにエリオットの布も横に並べとこーぜ。」
レオはエリオットの事をすでに呼び捨てにしている。いつの間にそんなに仲良くなったのだろう。
ちなみにエリオット以外の生徒のほとんどが『治癒』を選択していたらしい。何故か。ほぼトップバッターで魔法付与を試みたリディアが、『氷魔法』で派手に失敗しているのを見て恐れをなしたようだ。
「ちなみにセオとレオは?」
「『治癒』だよー。」「『治癒』に決まっている。」
「さすがにルカスは……」
「『治癒』だ。…………何か言いたい事でもあるのか?」
「…………ありません。」
皆、意外と慎重派である事が分かった。
「魔法付与のトレーニングは慌ててやる必要はない。多少できていなくても卒業までは特に困らないからな。」
生徒会に用事があるというセオドアたちと別れ、寮への帰り道をルカスと二人で歩いている。自分からは滅多に話題をふらないルカスが自分から話し始めた。しかも何やら重要そうな内容だ。
「………ということは、他の授業は出来ていないと困る事が起こるかもしれないんですね。」
「俺はそんなこと言ってない。」
なんだかんだ言いながらも、私が生き残るためのヒントを所々でくれるルカス。それが純粋な優しさではなく、己の運命もかかっているからだということも分かっている。それでもやっぱりこうして協力してくれるのは嬉しいしありがたいと思う。
「私で最後になるといいわね。」
「………こんな変わり者のリディア、二度と現れないだろうからな。そうなる事を祈るよ。」
ルカスは私と目線を合わせる事なくそう言って、コクリと頷いた。




