22. 私はそれに同意したつもりはないけど?
翌日迎えた収穫祭。ソピアグノーシス学園、秋の月のメインイベント。実際に『収穫祭』に参加するのは三年だけで、二年までは『収穫祭』を見に来た保護者や街の人々に向けた模擬店や物販を行う事になっている。前世でいう所の文化祭のようなものだと思う………知らんけど。実際に参加したことはないから。
「それにしても酷すぎるよねー。」
セオドアが店の中に貼り出されているシフト表を見ながら愚痴を吐いている。
「まあ、私たち十三人しかいないから。」
私は果物をカットしながら苦笑いで返事をする。
それは昨日、エリオットからのお誘いを泣く泣くお断りした理由に他ならない。
「1-Eは生徒が十三人しかいないので、店番のシフトが鬼のように入っていまして……。」
「昼休憩以外はほとんど出ずっぱりだよねー。」
ガックリと肩を落とすセオドア。
「俺たちEクラスは収穫祭を楽しむ権利など与えられていないんだ。」
目を瞑り首を横に振るレオ。
「………悲しいね。」
レオとセオドアの肩にエリオットは優しく手を置き、昨日のトレーニングはしんみりと終了したのだった。
この収穫祭というイベント、二年まではクラス毎に何かしら一つは出店する決まりになっている。そしてクラスの生徒の中でシフトを決めて順番に休憩と昼食を取らなければならない。余った時間は『収穫祭』を見に行ってもいいし、他の模擬店や物販を回ってきてもいい事になっているのだが、我々Eクラスにとっては夢のまた夢。昼食の時間すらギリギリで回さなければならない。
「だったら物販にすればよかったんだ。そうすれば店番だけで済んだのに。」
レオはそう言いながらも大きなボールに小麦粉、卵、砂糖、牛乳、バターなどを入れてかき混ぜている。
「確かに……。」
「誰だよ、クレープ屋やろうなんて言ったやつーーー。」
セオドアも愚痴を吐きながら冷蔵庫から生クリームを取り出した。二人とも文句を言いながらも仕事はちゃんとこなすタイプである。
「いらっしゃいませー。クレープはいかがですか?」
果物をある程度切り終えた私は店の表に出て呼び込みを始めた。
「大盛況だな。」
「ルカス!」
私は呼び込みを中断して、前を通りかかったルカスに走り寄る。
「クレープ買いに来てくれたの?」
「いや、様子を見に来ただけだ。それにしても、お前たちは本当に真面目だな。適当にしとけば客も来ず、仕事も減るんじゃないのか?」
ルカスは呆れたように1-Eのクレープ屋を眺めている。
「何言ってんの? 二年までのクラスの売り上げ順位ポイントは三年で『収穫祭』に参加した時の加算ポイントになるのよ。頑張っておいて損はないわ。」
私は腰に片手を当てて、反対の手の人差し指でポンポンと空中を叩く。ルカスは収穫祭のルールを分かってないのかしら。
「へー。」
「何でそんなに興味なさそうなのよ。」
私はジト目でルカスを見上げる。
「俺はその『収穫祭』当日だけで他を凌駕する自信があるからな。」
ルカスはふふんと鼻で笑って私を見下ろす。
「な、なるほど。それで、一年も二年もAクラスは売り上げの少なそうな意味の分からない物販を……。」
「売れない方が店番も楽だし、売り上げの計算もいらないからな。クラスの総意だ。」
何だか優等生クラスって感じだなと思う。前世で見たアニメかドラマかなんかで優等生クラスはそういうイベントには消極的だという表現されていた気がする……知らんけ(略)。
「私はそれに同意したつもりはないけど?」
ルカスの後ろからキラキラと輝く美男子が現れた。
「エリオット様!」
昨日ぶりのエリオットだ。
「やあ、リディア嬢。」
「その格好はどうしたんですか?」
今日のエリオットは制服姿ではなく、ダークグレーのスーツに同色のベスト、淡いピンク色のネクタイを身につけている。普通の人が来ていてもただのサラリーマンのような服装だが、エリオットが着ればそれはもう極上の衣装にしか見えない。せっかくの衣装を私の鼻血で汚してはまずいので、適正な距離を保ちつつ話しかけた。
「この後店番なんだ。一応鑑定士のつもり。スーツであれば簡単に用意できるし胸にルーペを付ければそれっぽく見えるでしょ?」
エリオットは胸につけていたルーペを外して目元に当てて恥ずかしそうに微笑む。
「ーーーーーっ。」
私は口元を押さえながら、エリオットの姿をガン見する。写真がないこの世界、この尊い姿を目に焼き付けたい。でも鼻血が出てはいけない。頭の中でコンマ1秒だけ葛藤した結果、このスタイルで鑑賞することに決めた。
「そういえばどうしてここに? クレープ買いに来てくれたんですか?」
じっくりとその姿を眺めた後、我に帰った私はクレープを宣伝する事にした。
「え、ああ………店番の前に君に会いに来ただけなんだけど………お一ついただこうかな。」
言葉の途中で極端に声が小さくなったので、半分くらい聞き取れなかったが、どうやら一つ買ってくれるらしい。
「ありがとうございます!」
私は構わずオーダーをとって調理場に伝える。
「お待たせしました。」
私は調理場から受け取ったクレープをエリオットの元まで運んできた。しかし私はそこで気がついてしまった。これ、どうやって渡せばいいのだろうか………。私などが推しの御手に触れてしまうわけには……物を浮かせる魔法が使えるか……いや、不慣れな魔法で失敗してしまっては………。
「ありがとう。」
「ーーーーーーーーーっ!」
そんなことをうだうだと考えているうちに、エリオットはふふっと微笑みながら私の手からひょいっとクレープをとっていってしまった。もちろん私の手に触れて。それっどころか一瞬両手で包み込まれてしまった。
「これを食べて店番頑張るね。ありがとう。」
そう言ってエリオットは颯爽と立ち去ってしまった。
私は真っ赤な顔でヘナヘナと地べたにうずくまる。拳の中でチャリンと音がしたため手のひらを上にして開いてみる。
「お金……いつの間に。」
「ふんっ、あんなかっこつけ野郎のどこがいいんだ。」
ルカスは眉を寄せてエリオットの背中を目で追う。
「………全部よ。」
私は思わずポツリと本音がこぼれてしまった。
ガシッ。
未だ呆けていた私の頭を、ルカスがガシりと鷲掴みにした。
「俺も後から同じ格好でクレープを買いにきてやる。同じだけの賞賛を俺にも与えろ。分かったな。」
頷かなければ頭を握り潰される……そう判断した私はコクコクと全力で何度も頷いた。それでルカスの機嫌が治るなら……と思ったけど、ルカスは不機嫌な表情のままふいっと顔を背けてどこかに言ってしまった。
「とりあえず助かった……のか?」
ミッションで死ぬ前にルカスに殺される危険が出てきたな、と私は顔を真っ青にしたまま店番を再開したのだった。
「でもなんでルカス、あんなに機嫌が悪かったのかしら?」




