19.最悪の場合はAクラスなんて事も
夏季休暇を終えて、季節は秋に突入した。カレンダーはもちろん秋の月に入っている。ちなみに、ラミア討伐に明け暮れていた私たちは実家に戻ることも、遊ぶことも、休むこともなく二学期に疲れを持ち越してしまった。
「誰よ、あの水路を野放しにしていた愚か者は。」
貴重な休みをラミアに捧げた怒りが今頃になってこみ上げてくる。そして、犠牲になった生徒たちも可哀想だ。ラミアのせいで1-Eのクラスメイトは半分に減ってしまったのだ。
「アナベルには俺から苦情を入れておいた。すぐに水路を埋める工事を始めると言っていたから同じ事は繰り返さないだろう。」
「遅い! 遅すぎるわ!」
「まあ、あの水路を残す判断をしたのはアナベルが学長に就任するもっと昔の話だ。もちろん当時の教師は誰一人残っていないだろう。」
「その話、信じて良いのかしら。私たち生贄にされるところだったのよ。」
ルカスはいつも通り淡々と話をしているが、当事者である私は今までの学園の対応が許せない。迅速な水路の取り潰しと、今まで犠牲になった1-Eの生徒たちにも誠心誠意の慰霊を行ってほしいと思う。
「…………正確にはお前たち1-Eの生徒がな。俺まで巻き込むな。」
「はあ。不本意にも、本当に夏の風物詩を味わい尽くしたわ。」
「夏の風物詩?」
「生徒が一人……また一人……と姿を消す、真っ暗闇の水路。それはもう夏の風物詩……肝試し以外の何ものでもないのよ。」
しかし、肝試しはフィクションだから楽しいのだ。作り物だから楽しめるのだ。本物の危険がそこに待っているのならば、それはもうただの恐怖でしかない。
「ああ……。」
「せっかく学生になって初めての夏季休暇なのに、もっと楽しい風物詩で夏を感じたかったわ。」
これ以上の被害を食い止められた事は本当に良かったと思っているのだが、それとこれとは話が別だ。私の命だっていつまであるか分からない。せっかくならば普通に学生生活を楽しみたい。
「そうだな……。」
「………なんかさっきから返事が適当じゃない?」
今日のルカスは何だか覇気がない。ぼんやりしているような、気が抜けているような、何となくいつもの迫力がないのだ。
「俺はとりあえずこの夏季休暇を乗り越えられた事にホッとしてるよ。ラミアを討伐するって言い出した時はもう、今年の秋は迎えられないかと思ってたからな。」
そういえば………私とルカスは運命共同体なのを忘れていた。私が死ねば、ルカスはまた回帰を繰り返す。
ふと、ルカスの出会った頃の態度を思い出した。私と出会う前のルカスは回帰から逃れる事を、もう既に諦めていたのかもしれない。当初の彼は投げやりというか、自分の存在の説明も適当だったし、『私を何とか助けよう』『こいつと一緒に頑張ろう』みたいな意欲は全く感じなかった。ただただ現状にイライラして、八つ当たりしているだけのように見えた。
「ごめんね、私みたいな『生』に必死じゃない奴が来て。」
魔法が使えるかどうかも分からない私が、あんな危険な場所を無防備にウロウロしていたら気が気でなかっただろう。私の頭の中はラミアを倒す事でいっぱいいっぱいで、ルカスの事まで考えが及んでいなかった。今更になってすごく申し訳ない気持ちになってくる。
「いや…………今の所、お前が一番賢く死のリスクを消していってるよ。ラミアも放っておけば、結局はお前の首を絞めたかもしれないからな。」
「そ、そうかな。」
私は褒められたと思い、思わず照れ笑いをしまった。
「それはEクラスに入ったことも関係があるかもしれない。」
「え?」
「1-Eの最初のミッションが簡単すぎた。難易度が下がりすぎている。」
確かに、入学直後にセンチピードを倒すのとラミアを倒すのでは難易度にかなりの差があるだろう。それも視界の悪い森の中で。湖でのセイレーン戦なんて、考えただけで吐き気がする。
「でも、何でそんなに険しい顔をしてるの? 良い事にしか聞こえないけど。」
ルカスの表情の意図が分からず、私は首を傾げる。ここまで順調に生き延びれた事に、今は単純に喜ぶタイミングなのではないだろうか。
「前にも言ったが、二年にEクラスはないんだ。必ずDクラスまでのどこかに再編成される。そして、お前のあの魔力。よくてBクラス。最悪の場合はAクラスなんて事も………。」
これも一瞬良い事のように思えたが、すぐに違う事に気がつく。これは喜んではいけない事態だ。
「という事は、あの難易度の競技に来年以降は参加しなければいけないと……。」
私は春の月に行われた『強烈差別運動会』を思い出す。A・Bクラスの競技なんて現時点では何一つできる気がしない。そしてその運動会まで前世でいうところの後二ヶ月ちょっとしかない。何ともタイトなスケジュールだ。
「私は、何をすれば良いのかしら。」
Eクラスではそもそも魔法を教えてくれないのだ。授業を受けているだけで、A・Bクラスに追いつくのは不可能だと思った方がいい。
「………実践、あるのみだな。」
「ですよね……。」
そうしてルカスによる地獄のトレーニングの日々が始まるのだった。




