16.お前が無事なら、俺はそれでいい
「こんな時間に校舎に入って、怒られても知らないからな。」
「ちょっとくらい大丈夫よ。」
私たちは真っ暗な校舎に忍び込み、魔法で小さな光を灯して何とか視界を確保している。もちろんルカスが。おそらく大きな光も出せるのだろうが、そうするとすぐに警備の人に見つかってしまうだろう。
「それにしてもルカスでも見つけられないなんて、いったいラミアはどこにいるのかしら。」
キョロキョロを周りを確認しながらゆっくりと校舎内の廊下を移動する。
「おい、人聞きの悪いことを言うな。 見つけられないんじゃない。探していないだけだ。」
「何で探さないの? 生徒たちが危険な目に遭っているのよ?」
意外な事実を聞かされて、私は大きく首を傾げる。
「何故、探さなければならないんだ? ラミアが居ようが居まいが、俺には全く何も問題はない。」
ルカスは俯いて小さく首を振る。
「…………………え?」
物凄く単純な会話だったが、自分の思考と違い過ぎてその言葉の意味を理解するのにかなりの時間がかかった。
「お前が無事なら、俺はそれでいい。」
そう言いながらルカスは私に視線を戻し、赤い瞳に見つめられる。
「…………。」
状況が状況であればうっかり惚れてしまいそうなセリフだが、間違えてはいけない。これは……他の生徒はどうなっても知ったこっちゃない、という事なのだ。
「冷たいね……。」喉元まで出かかった言葉を私は飲み込む。ルカスは他人のことなど考えられないほどに何度も何度も絶望を繰り返しているのだ。何十人ものリディアが死に、何十回も本の中に封印され、何十回も同じ時間を繰り返しやり直させられている。積極的に、主導的に誰かを傷つけたり陥れていないのであれば私が私の基準で律していい人ではない。
「それでも私はラミアを倒すよ。」
私は私の基準で動く。
「好きにすればいい……………まあ、居場所のヒントくらいは教えてやらない事もない。」
「え、いいの?」
ここまで無理矢理引っ張ってきて懐中電灯代わりをさせているのは私なのだが、先ほどの会話の流れで、まさか自分から積極的に手伝ってくれるとは思わなかった。
「ラミアは森からどうやって校舎の中へ入ったと思う?」
「何それ? なぞなぞ?」
ルカスの言葉の意図が読み取れず、またも私は首をひねる。
「……まさかお前、ラミアが園庭を通って正面入り口から校舎内に入り込んだ、とか思ってる訳じゃないだろうな。」
思ってた。私の脳内イメージでは完全にそうだった。違うのか………。
「お前の頭の中は本当にどうなっているんだ………。」
めちゃくちゃ大きなため息を吐かれた。
「世間知らずなのは仕方がないじゃない。私は前世、十歳で死んでいるのよ。前世は大人まで生きた転生者たちと比べたら、色々と知識が劣るに決まってるわ。」
前述の通り、前世私は十歳で死んでいる。そしてこの世界では十五年生きたが、一年の長さは前世の三分の一。つまり前世でいうところの五年分しか生きていない。お分かりだろうか………私は身も心も正真正銘十五歳の少女なのだ。そしてここで過ごした五年間は永遠とお兄様を追いかけまわしていたため、特に得られているものはない。何なら心と知識は十歳のままだ。
「そう、なのか……?」
言葉に詰まるルカスを不思議に思い、私はふと隣を歩くルカスに視線を向ける。すると彼は目玉が飛び出るほど目を見開き、私を見つめていた。
「そんなに驚くこと?」
「いや……今までのリディアは前世では大人まで生きた者ばかりだったから。まさか本当に子どものリディアに出会うとは思わなかった。」
そう言いながら彼は視線を足下に落とす。そういえば、前世の話をした時も具体的な年齢までは伝えなかったかもしれない。
「今までは少し言葉がきつ過ぎたかもしれない。すまなかった。」
ルカスは視線を落としたまま小さな声でそう言った、
「いや、別に謝って欲しいわけでは……。」
確かに言葉が悪いな……と思ったが、大人同士で喋っている感覚だったのだろう。いや、大人相手でも言葉は優しい方がいいけどね。
「これからは……少しだけ言葉に気をつける。」
眉を寄せながらそんな事をいうルカスに私は少し可笑しくなってきてしまった。
「ふふっ、今更よ。」
私は苦笑いで首を振る。
「それから、この前は襲いかけてすまなかった。それも二度とないようにする。」
「おそいかけ……? あっ!」
私はその言葉の意味に気がつき、顔を真っ赤に染める。あれは本気で言ってたのか。
「それは絶対にやめて!」
言葉遣いなど今更どうでもいいが、そちらは是非とも気をつけていただきたいと思う。そして、後半はかなり大きな声で話していたが、警備の人にもラミアにも見つかることはなかった。この辺りにはどちらも居ないようだ。




