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第八話 暗闇の声

第八話 暗闇の声


『……かえして』


女の声。


暗闇の303号室に、

はっきり響いた。


「っ――!?」


結衣が俺の腕にしがみつく。


ひまりは悲鳴を飲み込んで固まっていた。


麗華でさえ、

目を見開いている。


紗雪だけが、

静かに周囲を見ていた。


「……今の、聞こえた?」


ひまりの声が震える。


「聞こえたわよ」


麗華が低く答える。


やばい。


今のはさすがに気のせいじゃない。


俺の背中を冷たい汗が流れる。


真っ暗な部屋。


止まった空気。


遠くの雨音。


そして。


にゃー。


白猫だけが、

なぜか普通に鳴いていた。


「た、タマ強ぇ……」


俺が呟いた瞬間。


パッ。


突然、

廊下の電気が戻った。


「あ……」


光が戻る。


303号室の中も、

さっきまでと何も変わらない。


古い浴室。


畳。


段ボール。


誰もいない。


「……なんだったの」


ひまりが半泣き。


すると。


麗華がゆっくり天井を見る。


「停電じゃない」


「え?」


「ブレーカーが落ちた感じでもないわ」


紗雪がぽつりと呟く。


「……たまにある」


「たまに!?」


「このマンション、電気不安定だから」


怖い言い方するな。


すると。


結衣が小さく口を開いた。


「……でも」


全員が見る。


結衣は不安そうに303号室を見る。


「“かえして”って……」


空気が静かになる。


確かに。


ただの停電なら、

声は説明できない。


その時。


ギュッ。


結衣の手が、

また俺の袖を掴んだ。


「……修司さん」


「は、はい」


「私……やっぱりここ住むの、迷惑ですか」


「え?」


予想外の言葉だった。


「だって、私来てから変なことばっかり……」


「いやいやいや!」


俺は慌てて否定する。


「朝倉さんのせいじゃないから!」


「でも……」


すると。


「関係ない」


紗雪が即答した。


静かな声。


でも、

強かった。


「ここ、前から変だし」


「フォローになってない!」


ひまりがツッコむ。


でも。


紗雪は結衣を真っ直ぐ見ていた。


「……それに」


ぽつり。


「ここに来る人、だいたい何か抱えてるから」


空気が少し変わる。


結衣は目を丸くした。


紗雪は続ける。


「帰る場所なかったり」


「逃げてきたり」


「傷ついてたり」


「……だから、別に一人増えても変わらない」


その言葉は、

不器用だけど優しかった。


結衣の目が少し潤む。


ひまりも笑った。


「うんうん! 春風マンションは変人歓迎だから!」


「歓迎されたくない言い方ね」


麗華が呆れる。


でも。


麗華も、

さっきより表情が柔らかかった。


俺は結衣を見る。


「……とりあえず」


「今日はちゃんと休みましょう」


「部屋のことは明日考えればいい」


結衣はしばらく黙っていた。


それから。


小さく頷く。


「……はい」


その時だった。


ガタッ。


突然。


303号室の押し入れが揺れた。


「ひぃっ!?」


ひまり絶叫。


俺も飛び上がる。


押し入れの扉が、

少しずつ開いていく。


ギギ……


全員硬直。


やばい。


今度こそ何かいる。


そして。


ぴょこん。


押し入れの中から、

もう一匹白猫が出てきた。


「…………」


沈黙。


さらに。


二匹。


三匹。


「猫ぉぉぉぉぉ!!」


押し入れの中、

猫だらけだった。


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