第七話 303号室の浴室
第七話 303号室の浴室
ピチョン。
静かな303号室に、
水音だけが響く。
誰も動かない。
ひまりは完全に俺の後ろへ隠れていた。
「む、無理無理無理……!」
「押すな押すな!」
背中にめちゃくちゃしがみつかれている。
怖い。
俺も行きたくない。
でも。
なぜか全員の視線が集まる。
麗華が冷静な顔で言った。
「修司」
「……はい」
「確認」
「嫌だぁ!!」
すると。
結衣が小さく袖を掴んだ。
「……一緒に行きます」
「朝倉さん」
「管理人さん一人だと、もっと怖がりそうなので……」
否定できない。
紗雪が少し笑った。
「確かに」
ひどい。
結局。
俺と結衣で、
浴室へ向かうことになった。
ギシ……
古い床が鳴る。
浴室の扉は、
少しだけ開いている。
暗い。
冷たい空気が流れてくる。
「……行きます」
俺は覚悟を決め、
ゆっくり扉を開いた。
ギィ……
そして。
「……え?」
浴室の蛇口から、
細く水が流れていた。
ぽたぽた。
ただ、それだけ。
誰もいない。
「……水道?」
結衣が首を傾げる。
俺も近づいて確認する。
古い蛇口。
しっかり閉めたはずなのに、
少し緩んでいた。
「なんだよもう……」
心臓に悪い。
俺は蛇口を締め直す。
キュッ。
水は止まった。
「……びっくりした」
結衣がほっと息を吐く。
その時。
ふわっ。
「……!」
結衣の身体がぐらついた。
「朝倉さん!?」
慌てて支える。
細い。
軽い。
顔も赤い。
「だ、大丈夫です……」
全然大丈夫そうじゃない。
近くで見ると、
かなり顔色悪かった。
「熱あるんじゃ……」
「えっ」
結衣自身も驚いてる。
たぶん、
無理してたんだ。
雨の中歩いて、
緊張して、
まともに食べてもいなかった。
その瞬間。
ぐらっ。
「うわっ!?」
結衣の身体が倒れかける。
反射で抱き止めた。
近い。
めちゃくちゃ近い。
ふわっとシャンプーの匂い。
「っ……」
結衣の顔が一瞬で真っ赤になる。
俺もなる。
その時。
「……何してるの」
背後から冷たい声。
振り向く。
紗雪たち三人。
無表情。
怖い。
「ち、違っ」
「管理人さん最低〜」
ひまりがニヤニヤしてる。
「誤解だ!」
麗華はため息をついた。
「とりあえず、この子熱あるわね」
すぐに結衣の額へ手を当てる。
「……少し高い」
紗雪も近づく。
「今日は303無理。私の部屋」
「でも……」
「反論禁止」
紗雪、意外と押しが強い。
結衣は困ったように俯いた。
「すみません……」
「謝らなくていい」
紗雪の声は静かだった。
でも。
かなり優しい。
その時。
にゃー。
白猫が結衣の足元へ寄ってくる。
結衣は小さく笑った。
「……この子も一緒でいいですか?」
「猫付き入居者」
ひまりが笑う。
麗華は呆れ顔。
そして。
なんだかんだ、
全員少し笑っていた。
その空気を見ながら、
俺はふと思った。
昨日まで、
俺は一人だった。
帰る場所も、
待ってる人もなかった。
でも今。
ボロいマンションで。
訳あり住人たちと騒いでる。
不思議だ。
なのに。
少しだけ。
悪くないと思ってしまった。
その時だった。
――ブツッ。
突然。
303号室の電気が消えた。
「きゃっ!?」
結衣が声を上げる。
真っ暗。
一瞬で空気が凍る。
そして。
暗闇の中。
誰かの声が聞こえた。
『……かえして』
女の声だった。




