第五話 303号室の“正体”
第五話 303号室の“正体”
暗闇の中。
確かに何かが動いた。
「――っ!!」
俺と結衣は同時に固まる。
心臓が痛いくらい暴れていた。
やばい。
逃げたい。
今すぐ帰りたい。
でも帰る部屋ない。
「しゅ、修司さん……」
結衣が俺の服の裾をぎゅっと掴む。
震えてる。
いや俺も震えてる。
すると。
ガサッ。
また音。
303号室の奥。
何かいる。
「……だ、大丈夫」
全然大丈夫じゃないけど、
とりあえず言う。
管理人だし。
たぶん。
俺は震える手で懐中電灯を向けた。
白い光が、
ゆっくり部屋の奥を照らす。
古い畳。
段ボール。
カーテン。
そして――
「……え?」
そこにいたのは。
小さな白猫だった。
「にゃー」
「…………」
沈黙。
「…………」
再び沈黙。
「猫かぁぁぁぁぁ!!」
俺、膝から崩れ落ちた。
結衣もへなへな座り込む。
寿命縮んだ。
白猫は、
そんな俺たちを気にする様子もなく、
のんびり欠伸をしていた。
「なんで猫……?」
その時。
後ろから呆れた声。
「……だから言ったじゃない」
振り向く。
そこには、
紗雪たち三人が立っていた。
「え?」
「303、“幽霊が出る”じゃなくて、“猫が出入りしてる”部屋なのよ」
「先に言えぇぇぇ!!」
ひまりが吹き出す。
「いや〜、修司くん絶対ビビると思って!」
「最悪だ!!」
麗華は額を押さえていた。
「前の管理人も、勝手に怖がって逃げたのよ……」
「原因それ!?」
結衣はぽかんとしていたが、
次第に笑い始めた。
最初は小さく。
でも。
だんだん我慢できなくなったみたいに。
「ふふっ……あははっ……!」
涙を浮かべながら笑っている。
その笑顔を見て、
俺は少し安心した。
ちゃんと笑える子なんだな、って。
すると。
にゃー。
白猫が結衣の足元へ近づく。
「わ……」
結衣がしゃがみ込む。
白猫は警戒もせず、
結衣の手に頭を擦りつけた。
「懐かれてる」
紗雪がぼそっと言う。
「動物って、優しい人わかるから」
結衣は驚いた顔をした。
「……優しい、ですか」
その声は、
少しだけ寂しそうだった。
たぶん。
今まで、
そんなふうに言われることが少なかったんだろう。
すると。
ぐぅぅぅ……
また腹の音。
全員が止まる。
「あっ……!」
結衣の顔が真っ赤になる。
ひまりが爆笑した。
「また鳴った!!」
「うぅ……!」
「かわいすぎるでしょ」
結衣は恥ずかしさでしゃがみ込んでしまう。
俺は苦笑した。
「……とりあえず、明日部屋掃除しますか」
「え?」
「303、猫のせいで散らかってるし」
すると、
結衣がゆっくり顔を上げる。
「……いいんですか?」
「管理人の仕事なんで」
そう言うと。
結衣は、
泣きそうなくらい優しい顔で笑った。
「……ありがとうございます」
その時だった。
カツン。
廊下の奥から、
また足音が聞こえた。
全員が止まる。
「……え?」
今度は猫じゃない。
ゆっくり。
重い足音。
カツン。
カツン。
誰かが、
こっちへ歩いてくる。
暗い廊下の奥。
そして。
そこに立っていたのは――
ボロボロのジャージ姿の男だった。
「……管理人、変わったのか」
低い声。
無精髭。
鋭い目。
そして。
なぜか303号室を見つめている。
麗華が小さく呟いた。
「……最悪」
ひまりの顔から笑顔が消えた。
紗雪も険しい顔になる。
結衣だけが状況をわかっていない。
俺は思わず聞いた。
「……誰ですか?」
すると男は、
ゆっくりこちらを見た。
「303の、元住人だよ」




