第四話 303号室と、午前三時の足音
第四話 303号室と、午前三時の足音
「……おいしい」
結衣は、
スプーンを両手で持ちながら小さく呟いた。
冷え切っていた身体に、
温かいチャーハンが染みたのかもしれない。
その顔を見て、
ひまりがニコニコしている。
「よかったぁ〜!」
「ひまり、お前なんも作ってないだろ」
「心は込めた!」
「便利な言葉だな」
紗雪は静かに紅茶を飲みながら、
結衣をちらちら見ていた。
麗華は相変わらず腕組み。
でも。
最初より少しだけ空気が柔らかい。
「……で?」
麗華が俺を見る。
「303、どうするの」
その瞬間。
また空気が止まった。
303号室。
“出る部屋”。
俺もできれば関わりたくない。
だが空室はそこしかない。
結衣は不安そうに俯く。
すると。
「……私、そこでも大丈夫です」
小さな声。
「いやいやいや!」
俺は即ツッコんだ。
「怖くないの!?」
「……怖いです」
結衣は正直だった。
「でも、泊まる場所ないので……」
その一言が重かった。
誰も軽く返せない。
たぶんこのマンションの住人は、
みんなこういう顔をしたことがある。
行く場所がなくて。
誰にも頼れなくて。
どうしていいかわからなくて。
だから。
紗雪が立ち上がった。
「……今日は私の部屋で寝る?」
「えっ」
結衣が目を丸くする。
「ベッド半分使えばいいし」
「さ、紗雪さんが優しい……!?」
ひまりが感動してる。
「失礼」
紗雪は少しムッとした。
でも。
その時だった。
――ドン。
突然。
上の階から鈍い音が響いた。
全員が止まる。
シン……
静まり返る管理人室。
「……今の何?」
ひまりが小声になる。
誰も答えない。
すると。
ギィ……
どこかで扉が軋む音。
古い建物特有の音――
ではない。
もっと近い。
もっと嫌な感じ。
結衣がびくっと肩を震わせた。
「……っ」
麗華が立ち上がる。
「修司」
「は、はい」
「確認してきなさい」
「なんで!?」
「管理人でしょ」
「怖いんだけど!?」
「私も怖いわよ」
正論だった。
くそぉ。
結局。
俺は懐中電灯を持って、
廊下へ出ることになった。
ギシ……
古い床が鳴る。
深夜一時。
春風マンションの廊下は、
昼と全然違う顔をしていた。
暗い。
静か。
雨音だけが遠くで聞こえる。
「……なんもいませんように」
小声で祈る。
その時。
カツン。
「!」
足音。
上の階から。
ゆっくり。
カツン。
カツン。
誰かが歩いている。
俺の背中に冷たい汗が流れる。
「……誰ですか?」
返事はない。
カツン。
また音。
そして。
足音が止まった。
ちょうど――
303号室の前で。
「……っ」
やばい。
めちゃくちゃ帰りたい。
すると。
303号室のドアが、
ゆっくり開いた。
ギィ……
暗い部屋。
誰もいない。
なのに。
開いた。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
俺は全力で後ろへ飛び退く。
その瞬間。
「きゃっ!?」
後ろから女の子の声。
俺は勢いのまま、
誰かにぶつかった。
柔らかい感触。
甘い匂い。
「っ!?」
振り向くと、
そこには結衣がいた。
「朝倉さん!?」
「す、すみません……!」
結衣もびっくりしている。
「なんで来たの!?」
「ひ、一人で行かせるの危ないと思って……」
いい子すぎる。
でも今それどころじゃない。
俺たちは同時に303号室を見る。
開いたままの扉。
真っ暗な部屋。
静かな空気。
すると。
ぽつり、と結衣が呟いた。
「……誰か、います」
「え?」
結衣の顔が青い。
震えている。
「部屋の奥……」
その瞬間。
暗闇の中で、
何かが動いた。




