第三話 雨の中で震えていた、新しい住人
第三話 雨の中で震えていた、新しい住人
深夜零時。
春風マンション管理人室。
扉の前には、
ずぶ濡れの女の子が立っていた。
制服姿。
小さなスーツケース。
雨で髪が張り付き、
肩が小さく震えている。
「あの……」
消えそうな声だった。
「ここ、まだ……空いてますか……?」
俺は思わず固まった。
高校生……?
いや、
大学生くらいか?
とにかく若い。
そして、
かなり追い詰められた顔をしていた。
「あ、えっと……」
後ろからひまりが顔を出す。
「わぁ……びしょ濡れ……!」
紗雪も立ち上がった。
麗華は険しい顔をする。
「……修司。とりあえず中に入れなさい」
「あ、はい!」
俺は慌てて道を開けた。
「ど、どうぞ」
「……失礼します」
少女は小さく頭を下げ、
そっと中へ入る。
服からぽたぽた水が落ちていた。
寒そうだ。
ひまりが急いでタオルを持ってくる。
「はいこれ!」
「あ……ありがとうございます……」
「座って座って!」
ひまり、距離感が近い。
でも、
その明るさに少し安心したのか、
少女の表情がほんの少し緩んだ。
「紅茶でいい?」
紗雪が聞く。
少女はこくりと頷いた。
麗華は腕を組みながら、
じっと少女を見ていた。
鋭い。
面接官みたいだ。
数分後。
少女は温かい紅茶を両手で包みながら、
ぽつりぽつりと話し始めた。
「……名前は、朝倉結衣です」
二十歳。
専門学生。
今日、
家を出てきたらしい。
「事情があって……」
そこまで言って、
結衣は言葉を止める。
俯く。
無理に聞ける空気じゃなかった。
すると麗華が静かに口を開いた。
「追い出された?」
結衣の肩がびくっと震えた。
図星だ。
「……親と、少し」
少し。
その言い方で、
“少しじゃない”のがわかる。
重い沈黙。
ひまりが空気を変えるように笑った。
「だ、大丈夫だよ! ここ変な人しかいないから!」
「フォローになってない」
俺が突っ込む。
紗雪が紅茶を置きながら呟いた。
「……でも、悪い場所じゃない」
結衣は驚いたように紗雪を見る。
紗雪は視線を逸らした。
照れてる。
たぶん。
すると結衣が小さく笑った。
その笑顔は、
まだ不安そうだったけど、
少しだけ安心した顔だった。
「……あの」
結衣が俺を見る。
「空いてる部屋、ありますか?」
「えっと……」
俺は管理人用ファイルを開く。
空室は一つ。
303号室。
問題は――
「そこ……」
ひまりが顔を引きつらせる。
麗華も黙る。
紗雪はため息。
「……出る部屋」
「え?」
結衣が固まる。
俺も固まる。
「いや待て待て待て」
ひまりが小声になる。
「夜になると変な音するの!」
「誰もいないのに水出るし!」
「電気ついたり消えたり!」
怖ぇよ!!
「なにそれ初耳なんだけど!?」
「前の管理人逃げた理由それだよ?」
「先に言えぇぇぇ!!」
結衣の顔が真っ青になる。
やばい。
完全に泣きそう。
「あ、いや! たぶん古い建物だから!」
「説得力ゼロね」
麗華が冷静に言う。
すると。
ぽつり。
結衣が呟いた。
「……私、幽霊より人間の方が怖いので」
空気が止まった。
誰も喋らない。
結衣は慌てて頭を下げる。
「す、すみません……変なこと……」
その時。
ぐぅぅぅ……
小さな音。
全員が止まる。
結衣の顔が真っ赤になった。
「…………」
腹の音だった。
ひまりが吹き出す。
「かわいい!」
「ひまり」
「ごめん!」
結衣は涙目。
でも。
その瞬間、
部屋の空気が少し柔らかくなった。
俺は立ち上がる。
「……チャーハン、まだありますけど食べます?」
結衣がゆっくり顔を上げる。
そして。
今にも泣きそうな顔で、
小さく頷いた。
「……はい」




