# 第四十八話 春風マンションを壊したい
# 第四十八話 春風マンションを壊したい男
「このマンションは取り壊す」
男の声は静かだった。
だが。
その一言で、
その場の空気が凍った。
春風マンション前。
集まった人々。
テレビカメラ。
住人たち。
全員が男を見ていた。
かなめが震える声で聞く。
「……誰なんですか」
加賀谷が苦々しく答える。
「神崎総一郎」
その名前に、
黒崎が目を伏せた。
「神崎不動産グループ会長」
ひまりが青ざめる。
「偉い人じゃん!」
偉い。
めちゃくちゃ偉い。
つまり。
本当にマンションを壊せる人だった。
神崎はゆっくり周囲を見回す。
古い外壁。
錆びた手すり。
住人たち。
そして。
小さくため息をついた。
「変わらんな」
その声は、
どこか寂しそうだった。
だが。
加賀谷は前へ出る。
「何しに来た」
神崎は答える。
「終わらせに来た」
空気が重くなる。
神崎は静かに続けた。
「この建物は限界だ」
「事故もあった」
「問題もあった」
「もう役目は終えた」
その言葉に。
怜司が前へ出た。
「勝手に決めんなよ」
神崎が見る。
怜司は真っ直ぐ睨んでいた。
「ここで助かった奴、
いっぱいいるんだぞ」
「知っている」
神崎は即答した。
怜司が止まる。
神崎は続ける。
「私が作った場所だ」
静かな声。
「誰より知っている」
風が吹く。
テレビカメラも、
誰も動かない。
神崎はマンションを見上げた。
「四十年前」
「ここは、
人生に失敗した若者のための場所だった」
かなめが息を呑む。
「家を失った者」
「夢を諦めた者」
「居場所をなくした者」
「そんな連中を住まわせた」
ひまりが小さく呟く。
「今と同じ……」
神崎は頷いた。
「だが」
表情が曇る。
「一人だけ救えなかった」
静寂。
加賀谷が目を閉じる。
三枝さんも俯く。
神崎は低く言った。
「白石だ」
全員が息を呑む。
白石。
地下で出会った男。
屋上の椅子の持ち主。
神崎は拳を握った。
「私がもっと早く気づいていれば」
「もっと話を聞いていれば」
「……あいつは消えなかった」
その声は。
初めて聞く後悔だった。
かなめが驚いた顔をする。
怜司も何も言えない。
神崎は続けた。
「だから壊す」
「え?」
誰も理解できなかった。
神崎は笑った。
でも。
その笑顔は悲しかった。
「ここを見るたび思い出す」
「救えなかったことを」
「失ったことを」
静かな朝だった。
その時。
結衣が前へ出る。
みんな驚く。
結衣は怖そうだった。
でも。
ちゃんと神崎を見ていた。
「……違います」
神崎が見る。
結衣は震えながら言った。
「白石さん、
最後にお願いしてました」
屋上のノートを握る。
【ここは、もう一回、生き直す場所だ】
そのページを開く。
神崎の目が揺れた。
結衣は続ける。
「消してほしいなんて、
言ってません」
「守ってほしいって言ってました」
静寂。
神崎は何も言わない。
だが。
その目はノートから離れなかった。
その時。
風が吹いた。
屋上から飛ばされた一枚の紙が、
ふわりと舞い落ちる。
神崎の足元へ。
古い紙。
色褪せた文字。
加賀谷が目を見開いた。
「……それ」
神崎も固まる。
そこに書かれていたのは。
白石の字だった。
【神崎さんへ】
神崎の手が震える。
誰も喋らない。
ゆっくり紙を開く。
そして。
そこに書かれていた言葉を見て。
神崎総一郎は、
四十年ぶりに涙を流した。
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## 次回
### 第四十九話
**「白石が最後に残した手紙」**
春風マンション最大の秘密。
四十年前の約束。
そして――
神崎がずっと知らなかった、
白石の本当の想いが明らかになる。




