# 第四十話 屋上に残された椅子
# 第四十話 屋上に残された椅子
朝焼けだった。
薄いオレンジ色の空が、
静かに街を照らしている。
冷たい風。
古いフェンス。
そして。
屋上の中央に置かれた、
一脚の椅子。
誰も喋らなかった。
「……なんか」
かなめが小さく呟く。
「ここだけ、
時間止まってません?」
確かにそうだった。
屋上だけ、
妙に静かだった。
下の街の音も、
遠く感じる。
加賀谷は、
ゆっくり椅子へ近づいた。
その顔は、
少しだけ苦しそうだった。
「……まだ残ってたか」
「知ってるんですか?」
俺が聞く。
加賀谷は椅子を見つめたまま、
静かに頷いた。
「白石の椅子だ」
空気が止まる。
ひまりが息を呑む。
「え……?」
加賀谷は、
ゆっくり腰を下ろした。
ギシ、と古い音。
「白石はな」
ぽつり。
「毎晩ここに来てた」
朝焼けを見るみたいに、
空を見上げる。
「誰にも言わなかったが、
ずっと苦しそうだった」
静かな声だった。
「仕事も失って」
「家族とも切れて」
「……自分が消えても、
誰も困らないって思ってた」
かなめが俯く。
怜司も何も言えない。
それは、
このマンションに来た誰かが、
一度は考えたことだったから。
加賀谷は続ける。
「でも白石は、
最後まで誰かを心配してた」
「え?」
「“ここを残してくれ”ってな」
風が吹く。
古いフェンスが揺れる。
その時。
結衣が、
椅子の下を見て小さく声を上げた。
「……これ」
古い缶箱だった。
錆びている。
蓋には、
マジックで文字が書いてあった。
【春風マンションへ】
全員が固まる。
俺がそっと開ける。
中には、
古いノートが入っていた。
ページを開く。
そこには、
色んな字でメッセージが書かれていた。
【また仕事見つかった】
【ここで生き延びた】
【三枝さんのご飯うまい】
【管理人さんありがとう】
【まだ頑張ってみる】
春風マンションにいた、
昔の住人たちの言葉だった。
かなめが、
小さく息を呑む。
結衣は泣きそうになっていた。
怜司が震える声で言う。
「……なんだよこれ」
ページをめくる。
最後のページ。
そこには、
白石の字が残っていた。
【ここは、終わった人間が来る場所じゃない】
【もう一回、生き直す場所だ】
静かな屋上。
朝日が、
ゆっくり差し込んでくる。
その瞬間。
俺たちの後ろで、
ガチャッと音がした。
全員振り向く。
屋上の扉。
そこに、
スーツ姿の男が立っていた。
黒い鞄。
無表情。
そして。
男は冷たく言った。
「……春風マンション、建物検査に来ました」




