# 第四十一話 検査員
# 第四十一話 検査員
「……春風マンション、建物検査に来ました」
朝焼けの屋上。
スーツ姿の男が、
冷たい声でそう言った。
全員固まる。
タイミング最悪すぎる。
ひまりが小声で震える。
「ラスボス来た……」
わかる。
男は四十代くらい。
細い目。
黒い鞄。
感情が読めない。
完全に“仕事できる人”の顔だった。
男は屋上を見回す。
古いフェンス。
錆びた配管。
俺たち。
そして。
屋上の椅子。
男の眉が少し動いた。
「……立入禁止区域ですね」
「…………」
正論。
誰も反論できない。
俺は慌てて前へ出た。
「えっと、その、これは」
「管理責任者ですか?」
圧が強い。
「はい……一応」
「一応?」
怖い。
男は名刺を差し出した。
そこには。
【東央建設安全検査部
黒崎 恒一】
黒崎。
名前まで強そう。
黒崎は淡々と言う。
「老朽化の確認に来ました」
「基準を超えていれば、
是正勧告、もしくは使用停止です」
かなめが青ざめる。
怜司も真顔になる。
空気が重い。
その時。
加賀谷が前へ出た。
「黒崎か」
全員驚く。
黒崎も少し目を細めた。
「……加賀谷さん」
知り合いだった。
しかも。
嫌な空気。
加賀谷は鼻で笑う。
「まだ検査屋やってたのか」
黒崎は感情なく答える。
「あなたこそ、
まだここに関わっていたとは」
完全に因縁あるタイプ。
ひまりが小声で聞く。
「誰この人……」
三枝さんが答えた。
「昔、このマンションの改修担当だった人よぉ」
「え?」
俺たち全員が驚く。
つまり。
春風マンションを、
昔から知ってる。
黒崎は屋上を見ながら言った。
「……まだ残していたんですね」
視線の先。
白石の椅子。
加賀谷は静かに答える。
「捨てられなかった」
数秒沈黙。
風だけが吹く。
そして。
黒崎は低く言った。
「このマンションは危険です」
空気が凍る。
「地下の老朽化」
「配管腐食」
「違法増築の疑い」
「……住人を住まわせ続けるには問題が多すぎる」
かなめが俯く。
ひまりも静かだった。
でも。
その時。
結衣が前へ出た。
「……でも」
小さな声。
だけど。
ちゃんと響く声だった。
黒崎が見る。
結衣は震えながらも続ける。
「ここ、
必要なんです」
黒崎は無表情のまま聞いている。
結衣は、
言葉を探しながら続けた。
「苦しい人とか」
「居場所ない人とか」
「ここで、
助かってるから」
かなめも小さく頷く。
怜司が苦笑する。
「まぁ……
俺みたいなのもいるしな」
「威張るな」
麗華が即ツッコミ。
少しだけ空気が緩む。
だが。
黒崎は静かだった。
やがて。
屋上のノートを見る。
昔の住人たちの言葉。
白石のメッセージ。
黒崎は長く黙ったあと、
小さく息を吐いた。
「……変わってませんね」
「え?」
「昔から、
そういうマンションだった」
朝日が差し込む。
黒崎は、
白石の椅子を静かに見つめていた。
そして。
ぽつりと呟く。
「……俺も、
昔ここに住んでいた」




