# 第二十話 天井裏の手紙 【春風マンションのみんなへ】
# 第二十話 天井裏の手紙
【春風マンションのみんなへ】
静かな305号室。
俺たちは、
木箱の中の手紙を見つめていた。
雨音だけが聞こえる。
「……宮坂さんの字?」
ひまりが小さく呟く。
三枝さんが頷いた。
「たぶんねぇ」
俺は封筒をそっと開けた。
中には、
何枚もの便箋。
丁寧な文字。
少し丸っこい優しい字だった。
そして。
最初の一文を読んだ瞬間、
空気が変わる。
『もしこれを読んでいるなら、
私はもう春風マンションにいないと思います』
誰も喋らない。
俺は続きを読む。
『勝手にいなくなってごめんなさい』
『でも、最後にお願いがあります』
結衣が息を呑む。
『このマンションを、
“帰ってきたくなる場所”のままにしてください』
静かな声が、
聞こえた気がした。
宮坂という人の。
優しい願いみたいだった。
ページをめくる。
そこには、
住人一人ひとりへのメッセージが書かれていた。
『紗雪ちゃんへ
ちゃんと寝てください』
「……うるさい」
紗雪がぼそっと言う。
でも。
少しだけ笑っていた。
『ひまりちゃんへ
あなたは一人で頑張りすぎです』
ひまりの目が潤む。
『麗華さんへ
もっと頼ってください』
麗華が静かに目を伏せた。
そして。
最後のページ。
そこには、
新しい文字でこう書かれていた。
『新しい管理人さんへ』
俺は無意識に息を止める。
『春風マンションは、
不器用な人ばかり集まります』
『寂しい人』
『逃げてきた人』
『居場所をなくした人』
『でも、
だからこそ優しくできる場所なんです』
胸の奥が、
少し熱くなる。
『もしあなたが、
ここを嫌いじゃないなら』
『どうか、
みんなを見捨てないでください』
そこまで読んだ時。
ぽつ。
便箋に水滴が落ちた。
「……え」
気づく。
結衣が泣いていた。
静かに。
ぽろぽろと。
「朝倉さん……?」
結衣は慌てて涙を拭く。
「す、すみません……」
「いや……」
でも。
止まらなかった。
「……私」
震える声。
「ここ来るまで、
もう居場所ないと思ってたんです」
305号室が静かになる。
結衣は俯いたまま続けた。
「どこ行っても上手くいかなくて」
「迷惑ばっかりで」
「……だから」
ぎゅっと服を握る。
「こんなふうに、“いていい”って言われたの、久しぶりで……」
その言葉に、
誰もすぐ返せなかった。
すると。
ひまりが、
そっと結衣の肩へ寄りかかる。
「……いるじゃん」
「え?」
「ここにいていいじゃん」
まっすぐな言葉だった。
紗雪も小さく頷く。
「……うるさくても、泣いてても、お腹鳴ってても」
「最後いらないですぅ……!」
結衣が涙目で抗議する。
麗華が小さく笑った。
本当に少しだけ。
でも。
ちゃんと笑っていた。
そして。
俺は手紙を見つめる。
春風マンション。
ボロくて。
変で。
騒がしくて。
幽霊みたいな出来事ばっかり起きる。
だけど。
ここには確かに、
誰かの優しさが残っていた。
その時だった。
ふわっ。
305号室に、
優しい風が吹いた。
誰も窓を開けていないのに。
手紙が一枚、
ひらりと揺れる。
そして。
最後の余白に、
新しい文字が浮かび上がった。
【ありがとう】




