第97話 コスモタワー
蓮がコスモタワーを見上げた。
戦争の傷跡を残す、ガラス張りの巨大な建物が、夜空に向かってそびえている。
「……でかいな」
「咲洲のランドマークですから」
師乃が淡々と返す。
蓮が目を細める。
「でも、なんかガラスがおかしくないか?」
全員が視線を向けると、割れ残った黒いガラス壁に、自分たちの姿が映っていた。
けれど、
映った“自分たち”が、ほんの一拍遅れて動いた。
ソラの背筋に、ぞわりと寒気が走る。
「幻惑か」
紫苑が即座に反応した。
「違う」
カイが低く言った。
その瞬間。
ビル全体の照明が、バチ、と白く明滅する。空気が微かに震えた。
「……電磁場だ」
師乃がガラスを見上げたまま呟く。
「コアの出力が、周囲の空間にまで干渉している」
割れた窓の中で、“少し遅れた自分たち”だけが、まだこちらを見ていた。
風が吹いた。
コンテナ船の汽笛が、また遠くで哀切に響き渡った。
中に入る前に、カイが全員を見た。
「いいか」
全員が顔を上げた。
「今回は今までと違う。コアの出力も強い。何が仕掛けられているかわからんからな、いつも以上に慎重に動け」
「了解」
紫苑が小さく頷く。
すかさず、蓮が緊張をほぐすように横槍を入れた。
「でもカイさんが一番慎重じゃないですよね」
「俺は慎重だ」
「どこがですか」
「最短で終わる方法を選んでるだけだ」
「その結果が電波塔真っ二つなんですよ」
「被害は最小限だった」
「判断基準が怖いんですよ」
一瞬、その場に小さな笑いが漏れた。
その時だった。
「え、ちょっと待って。まだ入ってなかったの?」
後方から、呆れたような声が飛んできた。
振り返ると、海風に長い髪を揺らしながら、モモがこちらへ歩いてきていた。その後ろには九条と数名の支援班スタッフの姿もある。
「カイ隊長がいるから、もうとっくに壁ごと突入してると思ってたんだけど」
「人を何だと思ってる」
「入り口を『作る』人」
蓮が吹き出した。
「ははっ、的確すぎる」
九条が額を押さえ、小さく溜息をつく。
「……いいから、ふざけるのはそこまでにして。支援班の機材も配置完了。いつでも行ける」
モモが笑った。
「ま、行きますか」
その瞬間だった。
――ガガ……ッ。
錆びついた金属音が、静まり返った夜に響く。
誰も触れていない。
半壊したビルの自動扉が、ゆっくりと左右へ開き始めた。
まるで、こちらが来るのを最初から知っていたみたいに。
全員の足が止まる。
「……開いた」
ソラが小さく呟く。
「電源なんて、とっくに死んでるはずだけど」
九条が険しい顔で周囲を見回した。
「招かれてる感じがするニャ……」
クロエが日和の肩の上で毛を逆立てる。
「それが一番怖いホー」
アウルの声に、日和は腕の中のノアをぎゅっと抱き寄せた。
暗闇の奥から、冷たい風が吹き抜ける。
建物の内部は、灯りもないはずなのに、どこか薄ぼんやりと青白かった。
カイが静かに刀の柄へ手をかける。
「……行くぞ」




