第85話 わかってるのに怖い
住宅街の路地裏では、ソラたちが錯乱する住民の対応に追われていた。
一人の老人が、湿ったコンクリートの道路にへたり込み、頭を抱えて激しく震えている。
「大丈夫ですか!」
ソラが駆け寄り、その細い肩を支えた。
「見えるんだよ……!」
老人は血走った目で、何もない空間を指差した。
「あそこに、息子がいるんだ。死んだはずの、ワシの息子が……こっちを睨んで、何か怒鳴り散らしているんだ……!」
「落ち着いてください!」ソラは思わず声を張る。
「大丈夫ですから……!」
老人は首を振った。
「分かっとる……! 分かっとるんじゃ……!」
老人の目から、大粒の涙がボロボロと溢れ落ちる。
「それでも……怖いんじゃ……!」
「怖くて…体が動かんのじゃよ……!」
ソラの言葉が一瞬止まる。
少し沈黙のあと、ソラはゆっくりと屈み込んだ。
「……そうですよね」
ソラは老人の手を両手で包む。
「頭で分かってても、怖いものは怖いです」
「え…」
「今は無理に動かなくていいです」
ソラは静かに微笑んだ。
「僕がここにいますから」
老人の激しい震えが、ソラの温もりに触れて、ほんのわずかだけ引いていく。
その背後で、師乃がモニターを操作しながら声を上げる。
「干渉波の出力が上昇しています。住宅街全体を覆い始めました」
「発生源はわかりましたか?」
「山の中腹……カイさんたちが向かった方向で間違いありません」
「カイさんたちは……どこまで進んだんでしょうか」
ソラが山を見上げる。
師乃の指が一瞬止まる。
「……問題はそこです」
師乃は一拍置いてから、声を低くした。
「近づけば近づくほど見せられる“内容”も、強くなっていく可能性があります。」
ソラは唇を噛むようにして、小さく頷いた。
「……分かりました」
「住民の誘導、急ぎます」




