第83話 生駒山麓
生駒山麓へと向かう装甲車の助手席で、蓮は張り付いたように窓の外の景色を見つめていた。
見慣れた、あまりにも見慣れた景色だった。
奈良と大阪の境を分かつ、なだらかな稜線。山が近く、その分だけ空が広く見える。子どもの頃から、嫌というほど歩き、見上げてきた道だった。
「地元か」
後部座席から、カイの低く地響きのような声が鼓膜を叩いた。
「そうですよ」蓮は振り返らずに答えた。「懐かしいな、と思って」
言葉とは裏腹に、その声はひどく平坦で、感情の起伏が削ぎ落とされていた。
カイはそれ以上何も追及せず、ただ静かに目を閉じた。
助手席の師乃が、膝の上のモニターを滑らかな指先でスクロールさせながら、冷徹なトーンで状況を共有する。
「現地からの報告によると、生駒山の麓の住宅街一帯で、住民が深刻なパニック状態に陥っています。『怖いものが見える』との通報が複数寄せられている状況です」
「複数って、具体的に何人くらいですか?」後部座
後部座席のソラが身を乗り出す。
「現時点で確認できているだけで十五人。ですが、今も増え続けています」
「怖いものが見える……」蓮がその言葉を、苦い砂を噛むように繰り返した。「幻覚か」
「現段階では断定できません。不可解なのは、住民によって『見えているもの』が完全にバラバラであるという点です」
「バラバラ?」
「ある者は知らない人間が見えると言い、ある者は過去の凄惨な出来事が目の前で再現されていると怯え、またある者は何かに追いかけられている、と。共通しているのはただ一つ――それらに『実体がない』ということです。本人達には現実と区別できていません」
「能力者の仕業でしょうか」ソラが眉をひそめる。
「不明です。空間の電磁波に著しい異常値は検出されていますが、私たちがこれまで回収してきた旧AIコアの波形とは、明らかに性質が異なります」
「……生駒山の山頂にある、電波塔周辺から異常反応が出ているという話だったな」
それまで黙っていた紫苑が、冷たい青い目を向けた。
「はい。ですが、住宅街の怪異とその電波がどう結びついているのか、そのメカニズムはまだ解明できていません」
カイがゆっくりと目を開け、窓の外の山並みを睨みつけた。
緑の山影が、まるで巨大な質量を持って彼らに迫ってくるようだった。
「着いてから考える。行くぞ」




