第82話 またね
結衣が帰る時間がやってきた。
食堂の出口で、師乃が上着を羽織って彼女を送り届けようとするが、結衣はそれを手で制した。
「お兄ちゃん、本当に心配しすぎだよ」
師乃の動きが、わずかに止まった。
「……心配して、悪いのですか」
「悪くないけどさ」
結衣はくすっと笑って、師乃の手を軽く握った。
「私、もう大丈夫だよ。お兄ちゃんのお仕事はここでしょ。」
「ああ、ここだ」
「じゃあ、ちゃんとここにいてね」
「……何ですか、それは」
「無茶しないでってこと」
結衣が振り返り、第一部隊のみんなに手を振る。
「みんな、また来るね〜」
「おう、いつでも来いよ!美味しいお菓子用意しとくから」
蓮が手をふり返す。
「ノアたちにも、また会いたいな」
結衣が日和を見る。
日和は胸のノアを少しだけ前に差し出すようにして、小さく頷いた。
「……うん。また、来て」
結衣が満面の笑みを浮かべる。そして最後に紫苑へと向き直った。
「紫苑くん、またね」
「……ん」
最後に、結衣はソラの前に歩み寄り、その袖をクイと引いた。
「ソラくん」
「え? はい、何でしょう」
結衣は少しだけ背伸びするみたいにして、小声で言った。
「お兄ちゃんのこと、よろしくね」
「……え?」
「お兄ちゃん、ちゃんとしてるように見えて、たまに無茶するから」
師乃の眉がぴくりと動く。
「結衣、余計なことを――」
「だから、お願いね!」
ソラは少し困ったように笑う。
「……はい。俺でよければ」
「バイバイ!」
結衣は軽やかな足取りで廊下を走っていった。
パタパタという足音が遠ざかり、角を曲がって、完全にその白いワンピースの姿が見えなくなる。
――再び、食堂が元の静寂に包まれた。
師乃は、結衣の姿が消えた無人の廊下を、いつまでも、微動だにせず見つめ続けていた。
「……結衣ちゃん、師乃に似てなくて可愛かったな」
蓮がしみじみと呟く。
「あなたは喧嘩を売っているのですか」
「いや、褒めてんだよ?」
蓮が呆れたように肩を竦める。
「顔も性格も、全然違うじゃん」
師乃は一瞬だけ沈黙した。
そして、モニターを起動しながら、淡々と言う。
「――父親が、違いますから」
その声には、何の感情も乗っていなかった。
「……あ、悪い」
「別に」
師乃はモニターをスクロールしながら答える。
「事実ですので」
短い沈黙がおきる。
「ですが」
全員が何となく視線を向ける。
師乃はモニターから目を離さないまま言った。
「結衣が可愛いという点については同意です」
「ははっ!そこかよ!」
「そこなんですね……」
「そこです」
師乃は周囲の視線を気にする風でもなく、淡々とモニターを操作し続けている。
だが、その画面の片隅には、先ほど結衣がノアたちと一緒にはしゃいでいた時の画像が、小さく保存されていた。
「では、次の定時報告の準備に戻ります」
何事もなかったように、師乃は仕事へ戻った。




