第81話 怖がるのは簡単
昼がすぎ、食堂には他の隊員や部隊も増え、騒がしくなっていた。
いつの間にか、誰かによって再びテレビがつけられていた。
『現在、ネット上を中心に“能力者隔離”を求める世論が急速に拡大しています。一部の有志市民からは、能力者の治安維持活動への全面的な制限を求める署名活動も始まっており、すでに数万人分の賛同が集まっている模様です……』
昼食を終えた蓮が、ぼんやりと画面を見つめていた。
その隣で、結衣も小さく身体を縮めるようにしてニュースを見上げる。
「……変だね」
ぽつりと零れた声に、蓮が静かに視線を向けた。
「何が?」
「みんな、お兄ちゃんたちのこと……そんなに怖いんだね」
蓮はすぐに答えることができなかった。
自分たちに向けられる、あまりにも露骨な悪意。
「……まぁ、たまにね。怖いなって思うことはあるよ」
「そっかぁ」
結衣は少しだけ眉を下げ、寂しそうに視線を落とした。
けれど、すぐに蓮の顔を真っ直ぐ見上げた。
「でも、私は怖くないよ。だって、みんな普通だもん。優しいし」
「俺たちが、普通?」
「うん」
蓮は、結衣の曇りのない瞳を見つめた。
「……結衣ちゃんはさ、そういうの、自然に言えるんだな」
蓮は小さく笑った。
「だって、私にはお兄ちゃんがいるもん」
結衣は当たり前みたいに言った。
「お兄ちゃん、優しいし、格好いいし。だから私、能力者が怖いって思ったこと、一回もないよ」
「じゃあさ。もし師乃が兄貴じゃなかったら……お前も、テレビの人たちみたいに、俺たちのこと『化け物』だって怖がってたと思う?」
「ん〜わからない」
結衣は正直に答えた。
「でも、今は絶対に怖くないよ。だって、私、今日みんなとちゃんとお話ししたもん」
蓮は少しだけ目を丸くした。
それから、ゆっくりと視線をテレビへ戻す。
相変わらず画面の向こうでは、顔も知らない誰かたちが、能力者の危険性を叫び続けていた。
「……あぁ、そっか」
「?」
「知らないまま怖がるのって、簡単なんだな」
蓮は、ぼんやりとテレビを見つめた。
昨日、地下で聞いた男の声が、不意に脳裏をよぎる。
『感情は、人を弱くする』
――違う。
感情のせいではない
蓮は小さく鼻で笑った。
蓮は隣の結衣を見た。
「……知らないって、怖いんだな」
テレビの中では、まだキャスターが深刻な顔で画面に書類を掲げている。
だが、蓮はもうリモコンを手に取り、迷いなく主電源のボタンを押し込んだ。
ブツン、と画面が暗転し、騒がしいニュースの音声が消える。
代わりに、食堂のあちこちから、他の隊員たちのくだらない雑談や笑い声が、再び心地よく響き始めた。
「よし、お菓子のおかわり持ってくるわ。師乃に内緒な」
「 結衣も行く!」
席を立つ蓮の後ろを、結衣が笑顔でパタパタと追いかけていく。
画面が消えたテレビの黒いモニターには、ただ、彼らのいつもと変わらない騒がしい日常だけが、静かに映り込んでいた。




