第8話 共鳴の代償
詰め所は、耳が痛くなるほど静かだった。
師乃はモニターを睨んでいた。暴動の報告書、模造コアの残骸データ、そして医療室から送られてきたソラの生体数値。
画面の数値は、異常なほどに低かった。
「能力の暴走に近い感じですね‥」
本人の意図とは無関係に溢れ出し、器である体を削る。師乃はそっとデータを閉じた。
蓮はソファに深く沈み、自分の掌を何度も握り直していた。日和は窓際の定位置で、ぬいぐるみ(ノア)を抱いたまま動かない。カイは壁際の椅子で腕を組み、ただ黙っていた。
師乃がその沈黙を破った。
「整理させてください。今日、各自が感じた『違和感』を確認したい。……蓮さん」
「……速かった」
蓮が、自分でも信じられないといった風に口を開く。
「めっちゃガーーッてさ、スピードでて超やべぇて感じだったな」
「…日和さんは」
「ノアたちが、呼ぶ前にそこにいた」
日和が、ぬいぐるみの頭を撫でながら静かに続けた。
「命令しなくても動いてた」
師乃はモニターに記録を刻む。
「私も同様です。空間操作の演算が、いつもの三倍は鮮明でした。カイさんは」
「……俺は感じはしたが、あまり変わらなかったな」
「模造コアが影響したということは?」
「ない。違いすぎる」
カイが即座に否定し、師乃も頷いた。
「ソラさんが発動した瞬間と、暴徒たちが戦意を喪失したタイミングも一致しています。模造コアの『負の増幅』を増殖しますが、彼の能力が上書きして沈静化させた可能性があります。……領域型の干渉能力ぽいですよね」
再び、静寂が訪れる。
「……ノアたちが動いた時」
日和が、ぽつりと自分から言葉を溢した。
「怖くなかった。いつもは、自分の力が怖くなる時があるけど。あの時は、すごく自然だった」
師乃はその言葉を、重い意味を持って受け止めた。
「厄介な能力だな」
カイのつぶやきに師乃が答える。
「味方ならいいのですけどね」
誰も返事ができなかった
◇
医療室には、斜めに差し込む夕陽が長い影を作っていた。
さくらはモニターに映る不安定な波形を見つめ、それからベッドの上のソラを見た。
「……さくら、さん」
ソラがゆっくりと目を開ける。
「気がついた? 気分はどう?」
「……体が、鉛みたいに重いです」
「そうでしょうね。あ、起きる?」
さくらはソラが上体を起こすのを手伝い、問いかけた。
「どこまで覚えてる?」
「路地の奥に、女の子がいて。間に合わない、嫌だ、って思ったこと。……それから後は、真っ白です」
さくらは手元のメモを更新した。
「能力を使ったことは覚えてない?」
「はい‥」
さくらは考え込む。
「他の‥みんな、無事ですか?」
「ええ。全員無傷よ。暴動も完全に収まったわ」
ソラが深く、深く息を吐き出した。肩から余計な力が抜け、ベッドに沈み込む。
「パン屋のおじさん、どうなったかな‥」
ふと手を見るとソラの指先に、白い亀裂が走っていた。乾いた陶器みたいに、細く、静かに。
「……なんですか、これ」
さくらはすぐに答えなかった。
代わりに、ソラの手に触れる。
ソラの手は氷みたいに冷たかった。
「無茶をしすぎたのよ」
と言われたけど無茶をしたつもりもない。
「ソラくん。あなたの能力は、使うとねその手のように自分を壊してしまうわ。ほらとっても手が冷たい‥」
そういって、さくらさんは手を温めてくれる
「身体が悲鳴を上げてるの。今のままの使い方は危ないわ」
ソラは自分のひび割れた指を見つめた。
「僕‥今度は役に、立てましたか?」
さくらは一瞬、言葉を詰まらせた。
「うん、役に立ったと思うよ」
(そうか、今度は役に立てたんだ良かった‥)
胸の奥がホッとするのを感じた。
「……ちゃんと、使えるようになりたいです。」
「うん、そうだね」
さくらが病室を出ると、廊下には夜の冷気が忍び寄っていた。




