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Boundary  作者: 楓シロ
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第7話 覚醒

 変化は、唐突だった。


 瓦礫の下へ飛び込んだ蓮の動きが、一瞬だけおかしくなる。

 速い、というより。

 迷いが消えた。


 本来なら遠回りになるはずの足場を、蓮は最短で踏み抜いていく。崩れかけた鉄骨を蹴り、落ちる瓦礫の隙間を滑るように抜ける。


「っ……!」

蓮自身が、一番驚いた顔をしていた。


 同じ頃。

 日和の足元で、ぬいぐるみが勝手に動いた。


 いつもなら、呼んでから動く。

 命令して、ようやく従う。

 なのに今は違った。

 つぎはぎだらけの梟が、主より先に瓦礫へ飛び込む。

 つぎはぎの猫が空中で嫌な笑い声みたいな音を立てながら、落下の軌道を弾いた。


 日和が、わずかに目を見開く。

「……なに、これ」


 師乃も異変に気づいていた。

 視界が妙にクリアだった。

 人の位置。

 瓦礫の落下。

 警備隊の動線。

 全部が、噛み合う。

 先が読めるわけじゃない。

 でも、“なにか”を感じる。


 そして。

 戦場の中心で、カイだけが、最初からそれを理解しかけていた。

 暴徒の拳を紙一重で避けながら、カイは一瞬だけ後ろを見る。


 膝をついたソラがいた。


「……お前か」


 ソラには、何が起きているのかわからなかった。

 ただ、熱かった。

 胸の奥が焼けるみたいで、呼吸がうまくできない。

 心臓だけが、嫌なくらい速く鳴っている。


 助かってほしい。


 それだけだった。

 もう嫌だった。

 目の前で、誰かが壊れるのを見ているだけなのが。


 女の子が泣いている。

 蓮がその子を抱き上げる。

「大丈夫。……もう平気」


 その声を聞いた瞬間、ソラの全身から力が抜けた。


 同時に。

 戦場の流れが、変わった。


 暴徒の攻撃が、わずかに逸れる。

 警備隊の盾が、偶然みたいな角度で噛み合う。

 転びかけた隊員を、誰かが自然に支える。


 小さなズレ。

 でも、その小さなズレが積み重なって、

 少しずつ“壊れる側”が変わっていく。

 まるで戦場そのものが、

 「そうならない方」を選び始めたみたいに。


 カイは舌打ちした。

「……厄介だな」

 ぐったりと倒れ掛かるソラを見つめ、もう一度、深くつぶやく。

「ほんと、これは厄介だ」


  ◇


 路地の奥。

 黒いマントの男たちが、その光景を見ていた。

「確認したか」

「ああ」

「動いたな……間違いない」

 一人が、歓喜に身を震えるように低く笑った。



  ◇


 一方で。

 暴動の熱は、急速に冷め始めていた。

 さっきまで怒鳴っていた男が、我に帰ったようにその場に座り込む。

 瓦礫を殴っていた女が、自分の手を見て怯えたように震える。

 まるで、急に夢から醒めたみたいに。

 

 ソラは荒い呼吸のまま、その光景を見ていた。

 何もしていない。

 本当に、

 何一つしていないはずなのに。

 なのに世界が、少しだけ変わった。


「……なんなんだよ、これ」

 掠れた声が落ちる。

 返事をする者はいなかった。


 視界が揺れる。もう立っていられない。

 重力が急に何倍にもなったみたいに、体が沈む。


 遠くで誰かが自分を呼んだ気がした。

 でも、その声を聞く前にーーソラの意識は深い暗闇へ落ちた。

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