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Boundary  作者: 楓シロ
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第71話 動かない体

 「誰……」


 日和の声が震える。


 男は答えない。ただ、薄暗い緑の影の中から、酷く冷淡な笑みを浮かべて日和を見つめている。


 男の視線が、日和の後ろで怯える男の子へと向けられた。

 その瞬間、日和の身体が思考よりも先に動いた。

 日和は反射的に、男の子の小さな身体を隠すように前へ立った。 


「大丈夫」


 自分でも驚くほど、声が激しく震えていた。


 恐怖のあまり、奥歯がガタガタと鳴り、膝も笑ってまともに力が入らない。今すぐ座り込んでしまいたいほどの重圧。


 それでも、日和は一歩も退かなかった。背中の男の子の手を握り返し、じっと前方の男を睨みつける。


「子どもを救いに来る、その精神には敬意を表しますよ。……でもね」


 男が歪んだ笑みを浮かべ、白い指先をパチンと弾いた。

 その瞬間、日和の足元の土壌が爆発するように弾けた。


「――っ!?」


 無数の赤黒い蔓が牙を剥く大蛇のように飛び出し、日和の背後にいた男の子の身体を一瞬で巻き取る。叫ぶ暇さえ与えず、凄まじい力で頭上の植物の天蓋へと引きずり上げた。


「しまっ――クロエ、行って!!」

「まかせるニャ」


 日和の叫びと同時に、クロエが地を蹴った。


 クロエは、男の子を引きずり上げる蔦の束へ垂直に駆け上がり、その強靭な顎で肉厚な植物の繊維を噛み千切る。バキバキと植物の体液が飛び散るが、上空から別の太い蔦が、ものすごい速度でクロエの脇腹を真横から叩きつけた。


 ドッ!!


 重い衝撃音が響き、クロエが地面を転がる。


 間髪入れず、アウルが上空から急降下し

男の顔面を狙ってその鋭い爪を突き立てる。

男の顔の前に葉が集まり、盾となる。


ガギィン!


男の顔のわずか数センチ手前で、植物の葉が強固な盾となってアウルの爪は届かなかった。


 すぐさま体勢を立て直したクロエが、今度は男の足元を狙って突撃する。

 しかし、男が軽く地面を踏み鳴らすと、地中から根が槍のように突き出し、クロエの身体を容赦なく弾き飛ばした。


 バキッ、と嫌な音がして、クロエとアウルが日和の足元へと転がる。


「みんな……っ!」


 二匹を回収する間もなく、頭上の天蓋が大きくうねった。

 男がゆっくりと手を掲げると、巨大な植物たちが、一斉に日和を見下ろすようにその先端を向けた。


 その途端、ノアが日和の腕から抜け出して

盾となる。


「消えなさい」


 何十本もの巨大な蔦が、一斉に日和へと振り下ろされた。


 ドゴォォォォン!!!


 ノアがそれをうけとめ、クロエとアウルが必死の反撃を試みる。

しかし、上空から次々と降り注ぐ容赦ない打撃に、3匹はみるみるうちに苦戦へと追い込まれていく。


 その嵐の真ん中で、日和の視界が恐怖で真っ白に染まっていく。


(怖い……)


 どれだけ力を込めても、脚が地面に縫い付けられたように一歩も動かない。

 圧倒的な力。抗うことすら許されない世界の悪意。


(身体が動かない)


 檻の外では、仲間たちが必死に自分を呼んでいる声が、地鳴りに消されていく。

 それなのに、自分は。


(また私は、何もできないまま) 



(また……みんなに置いていかれるんだ)



 






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