第69話 真壁とソラ
カイたちと分かれたソラ、蓮、日和の3人は、中央の広大な並木道を歩いていた。
高くそびえ立つ木々の葉がさらさらと音を立て、木漏れ日が地面に綺麗な模様を作っている。
周りには相変わらず、のんびりと散歩を楽しむ人々が行き交っていた。
「ノイズの発生源、どのあたりなんだろう……」
ソラが周囲をきょろきょろと見回しながら歩いていると、ふと、並木道の脇にある古びたベンチが目に入った。
そこに、一人の男が座っていた。
無精髭を生やし、擦り切れた服を着ている。楽しげな行楽客たちの中で、その男だけがひどく浮いた、静かな暗い雰囲気を纏って、じっと地面を見つめていた。
何かに怒っているというよりは、自分の足元が崩れていくのをただ見つめているような、深い虚無がそこにはあった。
通り過ぎる際、ソラはなんとなくその姿が頭から離れず、歩みを止めて小さく声をかけた。
「こんにちは」
男はぴくりと肩を動かし、ゆっくりと顔を上げた。
濁った、けれど妙に冷徹で知的な瞳がソラを映す。
叫び出すような激しさはなく、ただ、底の抜けた暗闇のような目だった。
「……」
男は何も答えず、ただじっとソラを見つめ返すだけだった。その、拒絶というよりも「最初から何も期待していない」ような態度に、隣の蓮が眉をひそめてソラに耳打ちする。
「おい、ソラ。知り合い?」
「違います」
ソラが首を振ると、ベンチの男が低く、ひび割れた声で呟いた。
「能力者か」
ソラたちの制服や、その立ち姿に気づいたのだろう。男の声はひどく静かだった。
ソラは真っ直ぐに頷いた。
「はい」
「そうか」
男はそれだけ言うと、興味を失ったようにまた視線を地面へと落とした。
「……行くぞ、ソラ」
蓮が怪訝そうに呟き、ソラの肩を叩いた。ソラはもう一度だけ、ベンチで小さくなっている男の後ろ姿を振り返り、それから蓮と、少し怯えたようにノアを抱きしめる日和の後に続いて歩き出した。
◇
並木道を抜け、公園の象徴である「風車の丘」が近づいてくる。
斜面一面に広がる美しい花畑が見え始め、ソラが「綺麗……」と声を漏らしかけた、その時だった。
「……ひっ」
日和が短い悲鳴を上げて、その場に立ちすくんだ。
腕の中のノアが、見たこともないほど激しくガタガタと震え始めている。
「どうしたんですか、日和さん?」
ソラが顔を覗き込む。日和は青ざめた顔で、遊歩道の脇に咲く赤いチューリップの群生を指差した。
「あの花……なんか、おかしくない……?」
ソラと蓮が、言われた花に視線を向ける。
一見、綺麗に咲いているように見えるその赤い花弁。だが、その裏側には、毒々しい紫色の不気味な斑点が、まるで生き物の血管のように、じわじわと侵食するように広がり始めていた。
「おい、これ……」
蓮が目を見開いた、その瞬間だった。
ピクリと身震いした赤いチューリップの茎が、まるで生き物の血管のように、毒々しい紫色に変色しながら一気に膨れ上がった。土を派手にぶち破り、太い蔦がのたうつように周囲のコンクリートへと侵食を始める。
「うわあああ! 花が、花が化け物になった!」
「ひぃッ! 来るな、来るなァ!」
さっきまでピクニックを楽しんでいた家族連れが一斉に悲鳴を上げ、お弁当やシートを放り出して逃げ惑い始めた。
のどかだった鶴見緑地は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌する。
「ソラ、蓮、日和! 一般市民の避難誘導を――」
無線からカイの鋭い声が響くが、逃げ惑う群衆の足音と悲鳴にかき消される。
その時、逃げ惑う人波の中から、一人の男がソラたちの制服を指差して、狂ったような声を張り上げた。
「能力者だろ! おい、お前ら能力者だろ! なんとかしろよ!」
その悲鳴に同調するように、別の男が顔を真っ赤にしてソラたちの胸ぐらをつかむ勢いで怒鳴り散らす。
「お前らがここに、この公園に来てからおかしくなったんじゃないのか!?」
「そうだ! 税金使ってるくせに、何突っ立ってんだよ!」
次々と浴びせられる、理不尽な怒号。
向けられる無数の敵意と怯えの目に、ソラは両手を前に出して必死に声を張り上げた。
「ち、違います! 僕たちは皆さんを助けに――今、状況を調べていて――」
説明しようとするソラの声は、誰の耳にも届かない。誰も聞こうとはしなかった。
怒号と悲鳴が飛び交い、恐怖だけが底なしに広がっていく。
その混沌の渦中。
群衆の後ろで、真壁がぽつりと声を漏らした。
「分からなくなると、人は犯人を探す」
ソラが振り返る。
「え?」
真壁は、逃げ惑う人々をじっと見つめていた。
「怖いんだろ」
「……」
蔦が地面を砕き、悲鳴が響く。
「理由が分からないから」
しばらくして、小さく付け加えた。
「分かる気もする」
走り出したソラにはその声は届かなかった。




