第59話 北側コア
北側の旧倉庫区画。重苦しい鉄の扉を蹴り開け、カイを先頭に第一部隊が突入した。
広大な倉庫の広場。その中央に、黒いマントを纏った男たちが5人、不気味に佇んでいた。
彼らの中心、宙に浮かぶようにして、妖しく、禍々しく拍動する小さな光の球体があった。
――『旧AIコア』
カイが即座に刀を構え、銀色の刀身を幹部へと向けた。
「……それを渡せ」
黒マントの幹部が、ゆっくりと振り返る。深いフードの影に隠れ、その素顔は全く見えない。
「遅かったな、機構の猟犬ども」
幹部が冷酷に手を掲げた。その合図とともに、倉庫の影から数十体もの無人機が一斉に飛び出し、牙を剥いてカイたちへと殺到する。
「下がっていろ!」
カイが地を這うような低空の踏み込みで前線へ躍り出た。
一閃、二閃、三閃――。
極限まで無駄を削ぎ落とした剣閃が空間を切り裂き、突進してきたドローンたちが次々と火花を散らして床へ転がった。
「俺の死角を突こうなんて百年早いんだよ!」
蓮が両手を広げ、周囲一帯に高圧の青白い電流を走らせる。バリバリと激しい音が響き、回り込もうとした小型機がまとめて機能停止に追い込まれた。
「幹部への経路を凍結する」
紫苑が冷徹に床へ手を突いた。瞬時に絶対零度の氷壁が走り、幹部たちの退路を塞ごうとする。
しかし――幹部が不敵に笑い、旧AIコアを高く掲げた。
キィィィィン……ッ!!!
脳を直接揺さぶるような、奇妙な高周波の光が空間を駆け抜ける。
その光が触れた瞬間、紫苑の放った強固な氷壁が、まるで幻だったかのように一瞬でサラサラと溶け、霧となって消え去った。
「――旧AIコアが能力の根源領域に直接干渉しています!」
後方で透過モニターを叩いていた紫苑が、焦燥の声をあげた。
「あのコアから、強力な干渉波がでてます!私たちの能力が一時的に強制無効化される可能性があります!」
「何だと……!?」
紫苑がもう一度手を前に突き出す。しかし、手のひらからは微かな冷気すら立ち上らない。
「……出ない。魔力の循環が遮断されている」
「嘘だろ、蓮さんも頼む!」
蓮が歯を食いしばり、体内の雷を絞り出そうとする。しかし、パチ……と微かな火花が爆ぜただけで、強大な電撃は完全に霧散した。
「クソッ、やべえ……完全に空っぽだ!」
「ノア……!」
日和が青ざめた顔で、縋るようにノアのぬいぐるみを前に突き出した。
「ノア、大きくなって……お願い、ノア!」
――静寂。
いつもなら即座に響くはずの、あの野太く頼もしい声が聞こえない。ノアはただの小さな、動かないぬいぐるみのままだった。
「ノア……? 嘘、ノア、どこにいるの……!?」
日和の手が、ガタガタと激しく震え始める。
自分では何もできない。
大切なノア一人助けられない。
そんな無力感が、再び彼女を縛ろうとしていた。
ソラは、隣で震える日和の横顔を見つめた。
その瞳は怯えていた。けれど日和が見ているのは敵ではない。
小さなぬいぐるみのまま動かないノアだけだった。
ソラは日和の肩にそっと手を置いた。
その瞬間、日和の手のひらに、じわりと温かい体温が戻った。
「……あ」
日和が小さく息を漏らす。恐怖の闇が一瞬で払われる。信じ合える仲間が、自分の隣にいる。もう、一人じゃない。
「……ノア」
日和が、震える声を絞り出して、もう一度名前を呼んだ。
「――いるクマ」
ボフン、と小さな煙が上がった。
いつもよりずっと小さく、キーホルダーほどのサイズだった。しかし、ノアは確かにそこに現れ、短い腕で日和の身体をぎゅっと抱きしめ返した。
「日和クマ。心配ないクマ。オレは、ずっとここにいるクマ」
「ノア……!」
日和は小さなノアを強く抱きしめた。涙は出なかった。けれど、彼女の手の震えは、完全に止まっていた。




