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Boundary  作者: 楓シロ
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第56話 北側倉庫

 その頃、本部ビル最北端の旧倉庫区画。


 薄暗い通路を、御影は音もなく進んでいた。

 警備用無人機のセンサーが何度も彼の横を通過する。

 だが、一機たりとも御影を認識できない。


 ーー倉庫最奥。

 黒マントの男が、旧AIコアを手に立っていた。

 赤い光が、不気味に脈動している。


 御影は柱の陰に身を潜め、音を立てずにモニターを起動した。


 対象の顔貌。

 網膜パターン。

 暗号通信の周波数。

 コア出力値。


 必要な情報を淡々と記録していく。

(……十分だ)

 撤退しようとした、その瞬間。


「なるほど」


 男がゆっくり振り返った。

 その男の視線は、正確に御影を捉えていた。


 御影の目が、わずかに細くなった。

 気配も、呼吸も、魔力も消していた。

 完璧だったはずだ。


「見事な隠密だ」

 男が小さく笑う。

「気配も、呼吸も、魔力も消している。並の能力者なら気づけなかっただろうな」

 御影は黙ったまま男を見据える。

「だが、お前は私を“観測”していた」

 男が笑う。

「どれほど姿を消そうと、人間は“見ている”という意識までは完全に消せない」


 次の瞬間。

 男の掌から「何か」が放たれた。

 

 ーー回避不能。


 御影は即座に左手でモニターの送信ボタンを叩きーー同時に、右腕を盾にするように前へ出す。


 ――ズガァァァンッ!!


 凄まじい爆音と共に壁面が吹き飛び、御影の身体が床を激しく滑っていく。

 訪れる、一瞬の静寂。天井からパラパラと粉塵が舞い散り、非常灯だけが赤く点滅している。

 御影は、無言でゆらりと起き上がった。

 その右腕は、関節があり得ない方向へとダラリと垂れ下がっている。焼けた衣服の袖から、どくどくと鮮血が滴り落ち、床を染めていく。

 だが、御影はその腕を一瞥しただけだった。すぐに左手のモニターの画面へ視線を落とす。


【 SEND COMPLETE 】


「……任務完了」

骨の軋む激痛に眉一つ動かさず、御影はそのまま、ずるりと闇の奥へと気配を消した。

 背後で、男が愉快そうに小さく笑う。

「面白いな。その身体で、まだ逃げるか」


  ◇


第一部隊が北側へと激走している最中、ソラのモニターに緊急通信が入った。

 画面に映し出されたのは、激しく乱れるノイズと――右腕を不自然にダラリと垂らし、血に染まった御影の姿だった。


「御影さん……っ!!」

ソラが悲鳴のような声をあげる。


『……静かにしろ、よく聞け』

 御影の声は、致命的な重傷を負っているとは信じられないほど、いつも通り淡々としていた。


『敵幹部の正確な顔データ、および現在位置を送信した。奴は旧AIコアを直接手に持っている。場所は北側、旧倉庫区画の最奥だ』


「そんなことより、その右腕……凄い怪我じゃないですか!」

『右腕は後だ』

 御影は淡々と言った。

『コアを奪還できなければ、まずい事になる。北側を頼む。私の仕事は完了した』


 プツリ、通信が切れる。

 黒くなった画面を、ソラは走りながらしばらく見つめていた。胸の奥から、言葉にならない感情がせり上がってくる。


「カイさん……!」

「聞こえていた」

 カイは刀の柄を強く握る。

「行くぞ。あいつの仕事を無駄にするな」


 全速力で回廊を駆けながら、蓮がぼそりと呟いた。

「……御影さん、大丈夫かな」

「助けにいきます!」

「だよな、だったら突っ走るしかねぇ、行くぞ!」




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