第55話 中央制御室の奥
赤く脈打つ電子の迷宮を、二つの影が駆け抜ける。
天井の隙間から火花が降り注ぐ中、師乃は手元の透過モニターを凝視し、叫んだ。
「この先が、最深部の『隔離コア室』です! あそこに残る三割の基幹システムが居座っています!」
「わかった、下がっていろ」
九条が前に出る。その手には、ずっしりと重厚な黒鉄の大型拳銃が握られていた。
二人が自動隔壁を蹴り開けた瞬間、異様な金属音が響き渡った。
部屋の中央に鎮座する巨大な旧AIコア。その周囲を守るように、防衛プログラムが実体化させた武装ドローンや自律型の警備アンドロイドが、不気味な赤いセンサーを一斉に発光させて迎撃体制をとる。
「……侵入者を、排除」
機械的な合成音声と共に、無数の銃口が二人へ向けられた。
「九条さん!」
「チッ、数が多いな……!」
九条が銃を構える。その瞬間、彼の身体から莫大な魔力が噴き出し、銃身へと流れ込んだ。
黒い拳銃の表面に、青白い幾何学的な紋様が浮かび上がる。まるで眠れる獣が目を覚ましたかのように、銃自体が圧倒的な質量感を持って、ぶるぶると駆動音を上げた。
ドドドドドッ!!!
敵の猛烈な銃撃が嵐のように床を穿ち、跳弾が火花を散らす。
だが、九条は一歩も引かない。
「ハッ、その程度かよ!」
九条のトリガーが引かれた。
ドォンッ!!!
それは、拳銃から放たれたとは思えない、さながら大口径の対物ライフルか砲撃のような大爆音だった。
強化された弾丸は、正面から迫るアンドロイドの重装甲を紙切れのように撃ち抜き、その後ろにいた個体まで、まとめて木端微塵に粉砕する。弾道に走る衝撃波だけで、周囲の電子コードが引きちぎれていく。
「師乃、今のうちにやれ!」
「了解!」
九条が作り出した一瞬の隙を突き、師乃がドローンの残骸を潜り抜けてコア端末へとスライディングする。
端末のキーボードに、師乃の細い指先が目にも留まらぬ速さで叩きつけられた。
「旧AIコア。システム停止を直ちに実行します」
師乃のモニターとコアの画面が、激しく火花を散らしてエラーログを交わす。
しかし、敵側もただでは引き下がらない。
残ったドローンが、師乃の無防備な背後を狙って照準を合わせた。
「させんと言っている」
その射線上に、九条の巨躯が割り込む。
銃口をドローンへと向け、躊躇なく引き金を連打した。バァン、バァン、バァン! と、空間を震わせる轟音が三度。強化弾は空中でドローンを正確に捉え、跡形もなく爆破していく。
「……っ、これで、最後です!!」
師乃が渾身の力でEnterキーを叩き込んだ。
――カチリ。
その瞬間、壁一面を覆っていた禍々しい赤色の脈動が、一斉に光を失った。
不気味な電子音のハミングが消え、静寂が室内に戻る。画面上の侵食率は「0%」へとリセットされ、システムの完全凍結を示す緑色の文字が浮かび上がった。
「……ハッキング、完全停止。一応、食い止めました……」
師乃はその場に膝をつき、大きく肩で息を吐いた。額の汗が床に滴り落ちる。
「よくやった、師乃」
九条は銃の強化を解除し、煙を吹く銃口を軽く振ってホルダーに収めた。
「流石だな。この短時間で旧コアを黙らせるとは」
「いえ、九条さんの護衛がなければ、コードを入力する前に蜂の巣でした」
師乃は少しだけ口元を緩め、立ち上がろうとした。
――だが、その時だった。
消灯したはずの旧AIコアの最下層、隠蔽されていたバックアップ回線が、一瞬だけ、妖しく紫色に明滅した。
『――プランB。中枢破壊シーケンス、起動』
「……っ!?」
師乃が目を見開く。
中央の制御基盤から、かすかにカチ、カチ、と、時計の秒針のような不吉な音が響き始めた。
「師乃、どうした」
「……旧AI、完全に制御を失う直前、システムそのものを物理的に破壊する自爆プログラムを走らせました。コアのエネルギーを暴走させています」
「止められないのか?」
「ダメです、物理回線が焼き切られていて、電子操作を受け付けません。……このエリア、あと数分で爆発します」
師乃の冷静な報告に、九条は一瞬だけ驚いたように眉を上げた。
「ハッ、しぶとい奴だ。形勢不利と見て、俺たち達と心中を図るか」
「九条さん。急いで離脱しないと、巻き込まれます」
「ああ、わかっている。ここでの仕事は終わったんだ、とっととズラかるぞ」
二人は、自爆へのカウントダウンを刻み始めた電子の心臓に背を向け、爆発の予兆で細かく震え始めた中央制御室から、全速力で脱出ルートへと駆け出すのだった




