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Boundary  作者: 楓シロ
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第5話 名門の系譜

 訓練スペースへ続く長い廊下で、蓮は歩きながら指先でパチパチと小さな雷を踊らせていた。

「なー、ソラ。焦んなくて大丈夫だって。そのうちコツが掴めるって! 俺なんか、最初は制御できなくて自分の前髪焦がしたからな? ほら、今はこんなに自由自在!」

 蓮が指先を向けると、青白い火花がソラの鼻先を掠めた。

「危ないですよ! 訓練は中に入ってからにしてください!」

 慌てて身を引くと、蓮はケラケラと声を上げて笑った。

 その時だった。


 廊下の向こうから、数人の大人が歩いてくるのが見えた。

 中心にいるのは、仕立ての良いスーツを隙なく着こなした、圧倒的な威厳を放つ初老の男性だった。その歩調には、この場所を支配しているかのような冷徹なまでの重みがある。

「――ッ」

 それまでふざけていた蓮が、瞬時に雷を消し、直立不動の姿勢を取った。


 男性たちの集団が、横を通り過ぎる。

 すれ違いざま、中心の男性が――ジロリと、鋭い眼差しでこちらを睨みつけた。

 言葉はなかった。しかし、その一瞥だけで空気が凍りつくような、凄まじい威圧感だった。

 男性たちが角を曲がって見えなくなるまで、廊下には呼吸の音すら響かなかった。


「あー……運悪く見つかっちまったな」

 蓮が首の後ろをがりがりと掻きながら、ため息交じりに言った。


「……す、すみません、思わず息止めちゃいました……」

 胸をなでおろしながら、ふと、すれ違う瞬間に見えた男性の胸元の名札を思い出す。

「あの、蓮さん。さっきの人、名札に『伊那世いなせ』って書いてあったような……。カイさんと同じ苗字ですよね? あれって……」

「あの方は、カイさんの父親だよ。この組織の、っていうかこの国のトップの一人だ」

「カイさんのお父さん……!」


「名門御三家が筆頭、『強化の伊那世』ってね」

「名門……ですか?」

「うん。この国には能力者の頂点とされる三つの血筋――御三家ってのがあってさ。伊那世の他に『具現の砺波となみ』、そして『干渉の時量ときはかり』があってさ、伊那世家は身体や物質の性能を極限まで引き上げる『強化』の頂点で、カイさんはその血を最も濃く継いだ、一振りの『究極の刃』ってね」

 

蓮はシュッと風を切るように、手で刀を振る真似をした。

 あの朝に弱くてポンコツなカイの姿からは想像できないけれど、究極の刃とはかなり凄そうだ。

「カイさん、凄い人なんですね!」

「そうだよ〜。なんでも切れる!」

「……あれ? 『時量』って、師乃さんの家ですか?」

「そうそう! 本来は時間を操る高価な家柄の『時量』!」

「へえ~……。だから師乃さんも強いんですね」

「ま、名門ってのも親の因縁だの何だので、裏じゃドロドロして面倒らしいぜ。俺なら絶対お断りだわ」

 蓮が少し声を潜めて言う。御三家という巨大な看板を背負うのは、それだけで大変なことなのだろう。

「そうなんですか……。能力があるだけでも、僕からしたら凄くかっこいいのに……」

 それは、梅田の地下で何者でもないまま消えかけていた、ソラの偽らざる純粋な本音だった。


  ◇


 訓練棟のラウンジは、いつもより少しだけ静かだった。

 定位置であるソファに、あの気怠げな隊長の姿がないだけで、部屋の空気はどこか広く、寒々と感じられる。


「師乃さん、カイさんは……?」

 モニターで書類整理をしていた師乃が、キーボードを叩く手を止めて淡々と言った。

「実家に呼び出されて帰省しています。本家から直々の召集ですから、流石のカイも拒否はできなかったのでしょう」

「本家…」

 以前、廊下で目撃したカイの父親の姿だを思い出した。圧倒的な威圧感、人を人とも思わないような冷酷な眼差し。


「そういえば……」

 以前に蓮たちから聞いた話を思い出して、少し声を潜めた。

「師乃さんの『時量家』って、本来は時間を操る家系なんですよね。それって、ものすごく強いんじゃ……」


すると、近くで買い食いしていた蓮が「そうそう!」と身を乗り出してきた。

「歴史の裏で国を動かしてたって噂だぜ! すげぇよな」


 師乃は自嘲気味に、ふっと唇の端を上げた。

「昔は、ですけどね」

師乃は苦笑するように肩をすくめた。

「時間を操る異能というのは、あまりにもにくたいへの負担が大きい。今では純粋な時間停止や時間遡行を扱える者は、一族に一人もいません」

「そうなんですか……」


 いつも冷静で、何でもできそうに見える人だった。

けれど、その横顔はどこか寂しそうにも見えた。

「まぁ、今は空間系の方が実用的だけどな」蓮が気楽に言う。

「それに俺だったら時間とか空間とかより、雷の方が絶対かっこいいと思うし!」

「自分で言いますか、それ」

「おうとも!」


 その時だった。

「――だからこそ、過去の栄光にしがみつくんだろうな」


 背後から低い声がした。

振り返ると、ラウンジの入口にカイが立っていた。

「カイさん!」

「帰ってきたんですか?」


「ああ」

 カイは面倒そうに頭を掻く。

「親父の説教が長くて反吐が出そうだったからな」


「……途中で帰ってきたんですか?」

 あの恐ろしい父親の説教を途中で放棄して帰ってくるなんて、普通なら許されないはずだ。いや、たぶんカイだから許される(あるいは力尽くで黙らせた)のだろう。


「相変わらずですね」

師乃が呆れたようにため息をつく。

「ま、お互い、面倒なもんだな」

カイはそう言っていつものソファにどさりと腰を下ろした。

その顔はいつも通り気だるそうだったが、ほんの少しだけ疲れて見えた。

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