第4話 訓練が始まります。
今日から能力の訓練をするらしい。
第一からすぐ近くにその訓練室があった。
入ってみると、がらんと何もなく、ただの部屋で感じだった。
ただ、部屋の隅に2人の男性がいて、何故かこっちをジッと見つめていた。1人は何故か頭に鳥を乗せている。
落ち着かずにチラチラとそちらを見ていると、カイが面倒そうに口を開いた。
「あいつらは気にしなくていい」
「あ……でも……」
すると、鳥を乗せた男の人が、困ったように肩をすくめて笑った。
「あはは、僕たちのことは気にしなくていいですよ。特に御影さんは、ジッと見るのが趣味みたいな人ですので」
あんなに直視されて、気にしない方が無理があるよ。
すると、御影と呼ばれた人が、心底嫌そうな顔で、隣の部下らしき人に
「……おれ、カイは苦手なんだよな」
「御影さん、聞こえますって」
頭の上の伝書鳥を揺らしながら、部下が青い顔でたしなめる。
「小せえ声だからダイジョブよね」
「全然ダイジョブじゃないです、音量バグんでますって!」
当然、ばっちり聞こえていたんだろうな、
カイさんが思いっきり顔を顰めて
「おい御影ぇ。お前、邪魔しに来たのか?」
「そんなわけないじゃん。俺はちゃんと仕事をしてるよ」
「御影さん、本当にもうやめてください……」
部下が胃のあたりを押さえて、今にも泣きそうな声を出す。ちょっと可哀想になってきた。
その時、師乃が音もなく部下の横へと歩み寄り、胸ポケットから小さなシートを差し出した。
「心中お察しします」
「……あ、胃薬。ありがとうございます……」
部下は涙目で師乃から薬を受け取った。どうやら、どこの組織でも『破天荒な上司を持つ部下』の苦労は共通らしい。どんまい。
どうにもこうにもそちらが気になっていたら、
「……出してみろ」
カイが壁にもたれ、命じてくる。
自分の手を眺めてしばらく考えるが、どうにもこうにも、どうしたらいいのかわからない。
「出し方がわからないんです……」
「あの時、何を考えてた」
「……何も。ただ、カイさんが膝をつくのが、嫌だっただけで」
「なら、今もその感覚思い出せ」
「無茶ですよ!」
「実戦の方が早いか?死にかければ、脳が勝手にスイッチを探すだろうよ」
「怖い怖い怖い! 教育方針が極端すぎますって!」
御影が後ろで、ポツリと呟いた。
「……あれは本気だ」
この日は結局、手からは光一つ漏れなかった。
「いい感じだ」
それでもカイはそう言って、ソラの頭を軽く叩いた。
乱暴でもなく、ただ癖みたいな動きだった。
「出てないのにですか」
カイは答えない。
意味がわからなかった。
それでも、不思議と嫌ではなかった。
◇
ある日訓練スペースに入ると
ぬいぐるみが並べられていた。
「日和さん。訓練室に並べて何かするんですか?」
日和はゆっくりとこちらを見て。
「でんぐり返し…」
「は?」
「この子達に一斉にでんぐり返しさせるの」
「………」
意味がわからなかった。
「一体」
ぽん
「二体」
ぽん
「三体」
ぽん
訳がわからず固まってると、日和は真顔のままぬいぐるみを等間隔に並べ直していく。
「隊列、大事」
あれ?いつもと違う。
並べられているつぎはぎだらけのぬいぐるみたちの中に、明らかに異質なやつが混ざっていたからだ。
他のものより明らかに一回り大きい。
目の位置が左右で歪んでいて、口がなぜか真横についている。そして極めつけに、カニのように不自然な腕が四本も生えていた。
もしも夜中にひとりの廊下で出くわしたら、声も出ずに泣く自信がある。
「日和さん……これ、また作ったんですか」
「うん」
日和は床に体育座りをしたまま、コクンと小さく頷いた。
「今回は、自信作」
「……ちなみに、どの辺がですか」
「噛む力」
「怖い怖い怖い!!」
本気で鳥肌が立って、思わず二歩後ずさった。ぬいぐるみの性能として、一番最初に尖らせていい項目ではないはずだ。
「ぶっ、ハハハ! お、新型か。前のやつより明らかに殺意高ぇな」
後ろで見守っていた蓮が、盛大に吹き出した。
「改良した」
「いや、何方向にですか」
僕のツッコミを気にする風でもなく、日和はそのうちの、やたらと頭部のふくらんだ一体を両手で持ち上げ、目の前へと差し出してきた。
「触ってみて」
「嫌な予感しかしないんですけど……」
「大丈夫」
「日和さんのその“大丈夫”、今まで一度も信用できたことないんですよ!」
けれど、断りきれない視線に押され、恐る恐る、人差し指をぬいぐるみの不恰好な頭へと伸ばした。
指先が、つぎはぎのフェルト生地に触れた、その瞬間。
――ぱくんっ!!
ぬいぐるみの口(らしき裂け目)が、生き物のような速度で指先をたべられた!
「いったぁ!?」
「成功」
日和の目が、満足げに細められる。
「何がですか! 今、思いっきり攻撃してきましたよね!?」
蓮がとうとう腹を抱えて笑い出した。床を叩かんばかりの勢いだ。
「ギャハハハ! お前、完全に日和のおもちゃ枠に就任したな!」
「なんですかその不名誉すぎるポジションは!? 嬉しくない!」
「ちなみに安心しろ、俺も昔それやられた」
「じゃあ触る前に止めてくださいよ!」
「いや」蓮はニヤリと不敵に笑って、親指を立てた。「俺は、それをやられる前に逃げる術を覚えた」
「ずるい……!」
「……ちっ」
日和が、本当に惜しそうな顔をして、ぼそりと小さく呟やいた。
◇
ある朝、食堂へ向かう廊下で、壁にもたれかかったまま完全に停止しているカイを見つけた。
目が半開きだった。
いや、正確には「半分閉じている」という表現の方が正しい。焦点がどこにも合っていない。
「……あの、カイさん?」
「…………」
反応がない。
恐る恐る、その無防備な顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫ですか……? 生きてます……?」
「…………ん」
微かに喉が鳴った。一応、生物としての活動は停止していないらしい。
その時、廊下の向こうから師乃が足音もなくやってきた。手には湯気の立つマグカップが握られている。
「ああ、気にしないでください。朝なので」
「朝なので!?」
理由として色々と説明が足りていないのではないだろうか。
師乃は至極慣れた手つきで、壁と同化しかけているカイの手に、容赦なくマグカップを押しつけた。
「ほら、飲んでください。さっさと覚醒を」
カイはのっっそりとカップを口元へ運び、一口啜った。
そして、ひどく不満そうに眉間を寄せる。
「……にがい」
「砂糖を八杯入れました」
「もっと」
「駄目です」
(砂糖八杯でニガイ?しかもまだ欲しいの!?)
心の中で猛烈に突っ込んでいると、師乃は溜息をついてソラを振り返った。
「朝食の準備ができています」
カイはマグカップを握ったまま、のろのろとダイニングの方へ歩き出した。
「あの朝ごはんって、いつも師乃さんが作ってるんですか」
「作れる人が私しかいないので」
「えっ」
「カイは包丁を持たせればすべての食材をただの『塊』にしますし、蓮は火を使わせればキッチンを爆発させます」
「日和さんは?」
「ぬいぐるみに料理を作らせようとして、キッチンを綿だらけにしたので諦めました」
(この人いるから、この部隊は回ってるんだな‥)
「あの、師乃さん。僕、料理はそんなに得意じゃないですけど、片付けとか、簡単な手伝いなら何でもします。少しでも覚えますから、言ってください」
師乃は少し意外そうに眼鏡の奥の目を丸くし、それから本当に嬉しそうに、フッと微笑んだ。
「それは助かります。明日の朝から、期待していますね」
ソラは、ふらふらと歩くカイの背中を見ながら、少しだけ緊張が解けるのを感じた。
御影の部下は天城と言います。
誰か天城に胃薬送ってあげて下さい。




