第3話 第一部隊の仲間たち
病室を出て向かった特殊能力管理機構は、
思っていたよりずっと大きかった。
灰色のコンクリートの壁。這い回るような錆びた配管、ところどころ照明がちらついている。
「きょろきょろすんな」
前を歩くカイが振り返りもせずに言う。
「置いてくぞ」
「……すみません」
「ここは迷路ですからね。」
後ろで師乃が小さなため息とともに補足してくる。
すれ違う人たちの視線が、針のように刺さった。
やたらと見られるので
僕はいたたまれず、小声で尋ねた。
「なんでこんな見られるんですか」
「有名だから」
「遺伝なしで発現しましたからね.」
「研究者にとっては最高の『珍獣』だな」
「えぇぇ‥」
第一部隊の区画は、機構の端にあった。
重い扉が開くと、思っていたより広く、普通の家のような温かみのある空間だった。
「お、来た!噂のニューフェイス!」
ソファから跳ね起きた青年が、弾けるような笑みで手を振る。
「俺は蓮! よろしく!」
「む、宗像奏良です。よろしくお願いします」
「固っ。もっと気楽でいいよっ」
蓮は僕の周りをぐるりと一周して
「思ったより普通だな」
「普通?」
「いやぁ もっとこう、目からビーム出すとか期待してたわ」
「目からビーム…」
いや、この人何言ってんだろ。
蓮がけらけら笑う傍らで、ふと視線を感じた。
部屋の隅にある窓際の椅子に小柄な少女が、抱きかかえたぬいぐるみの陰からじっとこちらを見ている。
ぬいぐるみは3体いるんだけど、左右の目の大きさが違うつぎはぎだらけの不気味なものだった。
「……日和」
「ソラです。よろしく」
「……うん」
それだけ言うと、日和はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「それでは、奥があなたの部屋です」
師乃さんの案内についていく。
「蓮の隣になります」
与えられた部屋は思っていたより広く、ベッドと机だけが置かれている。
親を亡くしてから、その日暮らしをしていた僕には綺麗すぎるように思えた。
「ここが僕の部屋……」
「一応、最低限は揃ってますが、必要なものがあれば言ってください」
「ありがとうございます」
部屋をぐるりと見渡す。
こんな綺麗な場所、久しぶりだった。
一年前にデモ隊が放った火で家が火事になり
家も親もなくした。それからは梅田の地下でずっと人の多い場所ばかり選んで寝ていた。
梅田の地下。駅のベンチ。
誰も自分を見ない場所。そこにいると、自分も景色の一部になれた気がして、少しだけ安心できた。
なのに、この部屋は静かすぎる。綺麗すぎる。
暗闇の中にポツンと一人でいると、あの日、家を焼き尽くした炎の熱さが、皮膚の裏側に蘇ってくるようで息が詰まりそうだった。
さっきの蓮くんや日和さんたちは、きっと昔からこの場所にいて、自分の居場所があるんだろう。でも、僕にはまだ、ここにいていい理由が何一つない。
やっと屋根のある場所に来られたはずなのに、
ここにいる自分が、世界で一番、場違いで、ひどく不釣り合いな存在に思えて仕方がなかった。
そんなことを思いながら、ぼうっと部屋を見ていると
「……今まで、どこに住んでいたのですか? 記録がなくて」
師乃さんがモニターに目を落としたまま尋ねる。
「いえ、一年前に家が燃えてしまって……そこからは、場所を転々としていました」
『――あの事件、ホー?』
唐突に頭上から声が降りてきて、びくりと肩かまあがる。
見上げると、いつの間にか日和の周りにいた
ぬいぐるみのうちの一匹――つぎはぎの「梟」が羽を胸に当て、空中で器用に一礼した。
『ホーホホ。驚かせてしまいましたな。私は日和の召喚獣、トバリと申します。以後、お見知り置きを』
「しゃ、喋った!」
『 ホー、つぎはぎとて侮るなかれ。魂を宿した立派な召喚獣ですぞ。』
尋ねるトバリの丸いガラスの目が、ソラをじっと見つめる。他の二匹のつぎはぎたちも、日和の足元からソラをじっと見上げている。
「うわぁ‥もしかして……他の二匹も喋るんですか?」
「…うん」
日和が頷くと、足元のつぎはぎたちが一斉に騒ぎ出す。
『――しゃべるううう!? 失礼するニャ! わたしはれっきとした召喚獣の、クロエさまニャ!』
ボタンの目が片方取れかかった猫のぬいぐるみが、短い手足をバタバタさせてプンスカと怒り出した。
『ノアだクマ』
今度は、お腹の綿が少しはみ出た大きなクマのぬいぐるみが、のっそりと片手を上げる。
「うわぁ、すごい!」
思わず身を乗り出すと日和は誇らしげに三匹を抱きしめた。
カイが壁にもたれたまま口を挟む。
「日和のはわかりやすいな」
「具現化系の一種ですね。」
師乃がメガネの位置を戻す。
「能力って、他にもあるの?」
「あるある! 俺はこれだよ!」
待ってましたとばかりに身を乗り出してきた蓮が、人差し指を立てる。
その指先に、バチバチッと青白い電流が弾けた。
「『雷』! この雷を体に纏って超高速で動いたり、そのまま敵をぶっ飛ばしたりできるわけ。」
「機械も壊すとかあるけどな」
壁にもたれたカイが、呆れたように鼻で笑う。
「能力は大きく分けて、強化系、具現系、干渉系と大きく3つに分かれます」
師乃がモニターを見ながら言う
「わたしは空間能力なので干渉系。カイは刀を使った強化系。」
強化。具現。干渉。ふんふん、なるほど。
「ま、小難しいことは置いといて、要するに見えるかどうかってこと!」
蓮がケラケラと笑いながら、僕の肩をポンと叩いた。
「じゃあ僕は……?」
僕の問いに、師乃は一瞬だけ間を置いた。
「未確定ですが、現象としては、“他者への増幅”の痕跡があります」
カイが短く言う。
「まだ名前を付ける段階じゃない」
僕は自分の手を見る。
何も起きない、ただの手。
でも、確かに何かが“起きた”と言われた手。
なにが起きてるのかはわからない。
怖いし、どうなるかはわからないけれど
自分の力がなんなのか、知りたいと思った。




