第49話 襲撃
その朝は、どこまでも普通だった。
第一部隊のフロアでは、師乃が朝食の支度をしていた。フライパンの上で、卵焼きの端がほんの少し黒く焦げる。
「あ、師乃でも料理で失敗することあるんだ」
めざとく見つけた蓮が、ニヤニヤしながら口を挟んだ。
師乃は表情一つ変えず、淡々と皿に盛り付ける。
「……余計なお喋りをしていないで、黙って食べてください」
少し離れた席では、紫苑が静かに羊羹を口に運んでいた。朝の定食の横に、あからさまに浮いている和菓子。
「紫苑さん、朝から羊羹ですか?」
ソラが思わず苦笑しながら尋ねると、紫苑は真っ直ぐにソラを見返した。
「糖分の補給だ。何か問題があるか」
「いや、ないですけど……元気ですね」
日和は足元に置いた大きなリュックの横で、ぬいぐるみのノアを膝に抱いて座っていた。その影から、猫のクロエが師乃の作った卵焼きをじっと狙って前足を伸ばす。
「だぁめ」
「何ニャ」
「何じゃないでしょ。クロエ、今完全に取ろうとしてたじゃん」
蓮が突っ込む。
「それは蓮の気のせいにゃ」
いつもの、騒がしくて、どこか締まりのない会話。
カイは腰に愛刀を差したまま、いつもの定位置で静かにコーヒーをすすっていた。
ーその瞬間。
ズガァァァァァン!!!!!!
機構全体を揺るがす凄まじい爆音が突き抜けた。
天井の照明が一斉に明滅し、食堂の窓ガラスが蜘蛛の巣状に砕け散る。
「っ!?」
ソラが反射的に身を縮めた。
直後、透過モニターが一斉に赤く染まる。
【警告:外壁第一層 損壊】
【防衛システム 強制切断】
【 unidentified access detected 】
師乃の目が見開かれた。
「防衛AIが……乗っ取られています!」
「は……? 何これ、敵襲!?」
蓮が椅子を蹴立てて立ち上がった。
カイが静かにコーヒーカップを置く。その目が、窓の外へと向けられた。
青空だったはずの景色が、まるで黒い雲に覆われるように、急速に暗転していく。
無数の影ーー
すべて無人機だった。
数え切れないほどの軍用ドローンや自律型兵器の群れが、不気味な駆動音を響かせながら、機構の本部ビルへと向かって空を埋め尽くしていた。
「全員、戦闘準備。出るぞ」
カイの低く鋭い声がフロアに響いた。
――ごううんっ!!
地響きと共に、特級の防空シェルター並みの堅牢さを誇る建物全体が、大きく不穏に揺れた。
窓の外で、防衛用大型機兵が真横から爆散した。
燃えながら落下した鋼鉄の巨体が、下層区画の道路へ激突する。
モニターの被害報告が、一秒ごとに増えていく。
遠くで悲鳴が上がった。
赤く明滅する廊下を全速力で走りながら、師乃が腕の透過モニターに指を走らせる。
「無人機の数、現在確認できるだけで二百以上……! なおも後方から増え続けています!」
「二百以上って、どっからそんな数が湧いて出たんだよ!?」
蓮が叫ぶ。
「すべての機体の制御プロトコルが書き換えられています。旧AIコアの電子支配下にあると見て間違いありません」
「防衛システムはどうした! 自動迎撃が作動していないぞ!」
カイが走りながら刀の柄に手をかけた。
「現在、ハッキングの経路を確認中ですが……っ」
師乃の言葉が、最悪のデータを示して止まった。
「……機構の防衛システムの一部が、すでに完全にクラックされています」
「どこまで侵食されてる」
「外周ブロックの約三割。現在も急速にエリアが拡大しています」
カイが短く舌打ちをした。
「中央制御室を死守しろ。あそこを完全に落とされたら、機構の全防衛システムが寝返って俺たちに牙を剥くぞ」
次の瞬間、すさまじい爆音と共に、機構の正面玄関の強化ガラスが内側へと派手にぶち破られた。
赤い眼光を妖しく光らせた無人機群が、雪崩のように内部へと侵入してくる。小型の暗殺ドローンから、人間の背丈を遥かに超える重装甲の陸戦型ロボットまで、そのすべてが殺意の塊だった。




