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Boundary  作者: 楓シロ
40/62

第40話 手

すみません、39話を抜かして40話投稿しました。

本日39話のせてます。

「……たすけて、くれ」


 それは、今にも消え入りそうなほど小さな、掠れた声だった。


 きっと、蓮本人すらも自覚していない、魂の底からの悲鳴。

 だが、その声は確かに、嵐を突き抜けてソラの耳へと届いた。


「――っ!」


 ソラが、真っ直ぐに手を伸ばす。


 蓮もまた、震える手を、掴み取るように前へと突き出した。


 バチバチと、二人の手の隙間を無数の電流が駆け巡る。ソラの手のひらが熱で焦げそうになる。


 それでも、二人の手は、確実につながった。


 その瞬間。

 世界の流れが、一気に変転した。


 ソラの手のひらから、未知のエネルギーが爆発的に広がっていく。


 いつもとは違った。今までは身体を壊しながら無理やり絞り出していたあの感覚とは、全く違う。


 蓮の放つ圧倒的な雷のエネルギーが、ソラの能力を背に受けて、信じられないほどの速度と規模で、街全体へと一気に拡散していったのだ。


 走る電流が光の波となり、路上に座り込んでいた人たちへ、絶望して立ち尽くしていた住民たちへと、次々に届いていく。


 その直後、ソラの背中に、ポンと大きな手のひらが触れた。


「――よく耐えたな、お二人さん」


 カイだった。


 隊長の手が触れた瞬間、場を狂わせていた乱気流が、嘘のようにピタリと治まった。暴走していた蓮の雷が瞬時に安定し、余剰電流が、カイを媒介にして綺麗に霧散していく。


 静寂が、廃棄区域を包み込んだ。


 師乃が、手元のモニターを素早く操作し、驚きに目を見開いた。


「……模造コアの反応、完全消滅を確認。全員分です」


 少しの沈黙のあと、師乃はモニターから顔を上げ、二人を見つめた。


「蓮さんの雷が、模造コアの影響だけを焼き切ったようです。カイさんが流れを整えたことで、街全体に届いた……それに、ソラさんへの身体的負担が、いつもより明らかに少ない」


 ソラは、自分の両手を見つめた。

 確かに少し焦げていて痛む。けれど、不思議なほど、いつもより身体が軽かった。


「……あれ?痛くない」


 ぽつりと、誰にともなく呟いたその言葉を、カイは隣で黙って聞いていた。


 緊張の糸が切れたように、蓮がその場に崩れ落ちる。


「大丈夫ですか!」


 ソラが慌ててその身体を支えた。


 蓮はすぐには答えず、しばらくの間、自分の濡れた手のひらを見つめていた。

 それから、フッと小さく笑った。


 でも、それは先ほどまでの、自分を隠すための笑顔とは、全く違うものだった。


「……俺、さっき、『助けてくれ』って言ったな」

「言いましたよ。はっきりと聞こえました」

「そうか……」


 蓮は少しの間、言葉を失ったように黙り込んだ。


「……言っても、無駄だと思ってたんだ」


「僕には届きました」

 


 そこへ、カイが二人の横へと歩み寄ってくる。

 蓮は顔を上げ、隊長の顔を見つめた。


「カイ」

「ん?」

「さっき、後ろから……何したんだよ」

「何って、場を安定させただけだろ」

「それって……」

「お前が抱えきれなくなった分の雷を、俺がちょっと引き受けてやった。それだけだ。気にするな」


 蓮はしばらくの間、ソラの手の焦げ跡と、何事もなかったかのような顔をしているカイの二人を、交互に見つめていた。


 やがて、彼の瞳がまた、今度は温かい光を帯びて揺れる。


「……アホだろ、お前ら」

「あはは、よく言われます」 


 ソラが照れくさそうに笑った。


「本当に、見事な連携でしたね」


 師乃がモニターを閉じながら、感心したように歩み寄ってくる。


「模造コアの反応が消えています。全員分」


「俺の雷が……本当に、役に立ったんだな」


 蓮がぽつりと言った。


「立ちましたよ! 蓮さんのおかげです」


 ソラが力強く頷く。


 ふと、カイが周囲を見渡した。あの黒いマントの姿は、この混乱の隙にすでに消え去っていた。


「逃げたか」

「追いますか、隊長」


 師乃の問いに、カイは首を振った。


「いや、今日はいい。――こっちのケアが先だ」

 

 カイの視線の先では、街の人々が次々と正気を取り戻し、起き上がり始めていた。


「あれ……俺、なんでこんな外にいるんだ?」


 さっきまで座り込んでいた店主が、不思議そうに首を傾げながら立ち上がる。

 モニターを持ったまま硬直していた女性も、きょろきょろと周囲を見回していた。


 ベンチに腰掛けていた老人が、ぽかんと空を仰ぐ。

「……なんだか、急に腹が減ったな」


 その、あまりにも当たり前で、あまりにも愛おしい日常の光景を見て、蓮の口元から、自然と笑みが溢れた。


 今度は、本当に、心の底からの笑顔だった




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