第40話 手
すみません、39話を抜かして40話投稿しました。
本日39話のせてます。
「……たすけて、くれ」
それは、今にも消え入りそうなほど小さな、掠れた声だった。
きっと、蓮本人すらも自覚していない、魂の底からの悲鳴。
だが、その声は確かに、嵐を突き抜けてソラの耳へと届いた。
「――っ!」
ソラが、真っ直ぐに手を伸ばす。
蓮もまた、震える手を、掴み取るように前へと突き出した。
バチバチと、二人の手の隙間を無数の電流が駆け巡る。ソラの手のひらが熱で焦げそうになる。
それでも、二人の手は、確実につながった。
その瞬間。
世界の流れが、一気に変転した。
ソラの手のひらから、未知のエネルギーが爆発的に広がっていく。
いつもとは違った。今までは身体を壊しながら無理やり絞り出していたあの感覚とは、全く違う。
蓮の放つ圧倒的な雷のエネルギーが、ソラの能力を背に受けて、信じられないほどの速度と規模で、街全体へと一気に拡散していったのだ。
走る電流が光の波となり、路上に座り込んでいた人たちへ、絶望して立ち尽くしていた住民たちへと、次々に届いていく。
その直後、ソラの背中に、ポンと大きな手のひらが触れた。
「――よく耐えたな、お二人さん」
カイだった。
隊長の手が触れた瞬間、場を狂わせていた乱気流が、嘘のようにピタリと治まった。暴走していた蓮の雷が瞬時に安定し、余剰電流が、カイを媒介にして綺麗に霧散していく。
静寂が、廃棄区域を包み込んだ。
師乃が、手元のモニターを素早く操作し、驚きに目を見開いた。
「……模造コアの反応、完全消滅を確認。全員分です」
少しの沈黙のあと、師乃はモニターから顔を上げ、二人を見つめた。
「蓮さんの雷が、模造コアの影響だけを焼き切ったようです。カイさんが流れを整えたことで、街全体に届いた……それに、ソラさんへの身体的負担が、いつもより明らかに少ない」
ソラは、自分の両手を見つめた。
確かに少し焦げていて痛む。けれど、不思議なほど、いつもより身体が軽かった。
「……あれ?痛くない」
ぽつりと、誰にともなく呟いたその言葉を、カイは隣で黙って聞いていた。
緊張の糸が切れたように、蓮がその場に崩れ落ちる。
「大丈夫ですか!」
ソラが慌ててその身体を支えた。
蓮はすぐには答えず、しばらくの間、自分の濡れた手のひらを見つめていた。
それから、フッと小さく笑った。
でも、それは先ほどまでの、自分を隠すための笑顔とは、全く違うものだった。
「……俺、さっき、『助けてくれ』って言ったな」
「言いましたよ。はっきりと聞こえました」
「そうか……」
蓮は少しの間、言葉を失ったように黙り込んだ。
「……言っても、無駄だと思ってたんだ」
「僕には届きました」
そこへ、カイが二人の横へと歩み寄ってくる。
蓮は顔を上げ、隊長の顔を見つめた。
「カイ」
「ん?」
「さっき、後ろから……何したんだよ」
「何って、場を安定させただけだろ」
「それって……」
「お前が抱えきれなくなった分の雷を、俺がちょっと引き受けてやった。それだけだ。気にするな」
蓮はしばらくの間、ソラの手の焦げ跡と、何事もなかったかのような顔をしているカイの二人を、交互に見つめていた。
やがて、彼の瞳がまた、今度は温かい光を帯びて揺れる。
「……アホだろ、お前ら」
「あはは、よく言われます」
ソラが照れくさそうに笑った。
「本当に、見事な連携でしたね」
師乃がモニターを閉じながら、感心したように歩み寄ってくる。
「模造コアの反応が消えています。全員分」
「俺の雷が……本当に、役に立ったんだな」
蓮がぽつりと言った。
「立ちましたよ! 蓮さんのおかげです」
ソラが力強く頷く。
ふと、カイが周囲を見渡した。あの黒いマントの姿は、この混乱の隙にすでに消え去っていた。
「逃げたか」
「追いますか、隊長」
師乃の問いに、カイは首を振った。
「いや、今日はいい。――こっちのケアが先だ」
カイの視線の先では、街の人々が次々と正気を取り戻し、起き上がり始めていた。
「あれ……俺、なんでこんな外にいるんだ?」
さっきまで座り込んでいた店主が、不思議そうに首を傾げながら立ち上がる。
モニターを持ったまま硬直していた女性も、きょろきょろと周囲を見回していた。
ベンチに腰掛けていた老人が、ぽかんと空を仰ぐ。
「……なんだか、急に腹が減ったな」
その、あまりにも当たり前で、あまりにも愛おしい日常の光景を見て、蓮の口元から、自然と笑みが溢れた。
今度は、本当に、心の底からの笑顔だった




