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Boundary  作者: 楓シロ
39/57

第39話 雷の悲鳴

 蓮の笑顔が、崩れ始めていた。


 本人すら、その事実には気づいていなかったかもしれない。

 だが、彼の身体は嘘をつけなかった。


 だらりと下げられた両手が、激しく震えている。指先から、バチバチと鋭い青白い雷が漏れ出し、制御を失った電流が蛇のように大気を這った。


「蓮」 


 その異変に、隣にいた紫苑がいち早く気づき、鋭い声を出す。


「大丈夫、大丈夫だって」


 蓮はなおも笑った。いつものように、すべてを煙に巻くための、張り付いた笑顔。

「大丈夫じゃない」

「大丈夫だって言ってるだろ」

 もう一度、無理やり笑顔を作ってみせる。


 だが、それに比例するように彼の身体から噴き出す雷は激しさを増し、狂暴に膨れ上がっていく。

 その様子を特等席で見つめていた黒いマントが、歪んだ嘲笑を浮かべた。


「ほら。そうやって笑えば、全部丸く収まると思っているんだろう。健気なことだ。だが、身体は正直だな、蓮」


「うるさい……!」


 蓮が遮る。笑顔のまま、しかし声音だけは低く濁っていた。


「お前の言ってることなんて、俺には関係ない」

「関係大ありさ。お前だって本当は知っているはずだ。感情を露わにしたところで何も変わりはしない。誰に何を言っても無駄だ。だから諦めて笑う。ずっと、そうやって自分を騙して生きてきたんだろう?」


 蓮は答えなかった。言葉の代わりに、凄まじい電撃が爆発的に周囲へ弾ける。


 バリバリバリッ!!!


 大気が悲鳴をあげるような爆音が響いた。


 蓮の身体を中心として、制御不能となった青白い電流が渦を巻き、激しく地面を焼き焦がしていく。あまりの熱量に周囲の空気が蜃気楼のように歪んだ。


「蓮さん!」


 ソラが、反射的に一歩前に出る。


「来るなッ!!!」


 蓮が吠えた。

 笑顔ではなかった。剥き出しの、生まれて初めて見せる『激昂』の表情だっ


「近寄るな! これ以上近づいたら、お前まで黒焦げに焼かれるぞ!」

「でも……!」

「来るなって言ってるだろ!!」


 蓮の叫びと共に、雷の檻がさらに半径を広げ、地面のコンクリートが激しく弾け飛ぶ。

 あまりの威力に、全員が距離を取らざるを得なかった。


 紫苑がすかさず防壁の氷を張ったが、それすらも蓮の放つ雷の熱量によって一瞬で蒸発させられた。


 蓮の中で、何かが完全に臨界点を迎えていた。

 これまで「笑顔」という強固なフタで抑え込んできたすべての感情が、狂った出口を求めて暴れている。


 渦巻く雷の向こうで、必死に拒絶の檻を張る蓮の姿を、ソラはただ真っ直ぐに見つめていた。


 近づけば焼かれる。理性がそう告げる。

 けれどその瞬間、ソラの脳裏に、あの日の記憶が鮮烈に呼び覚まされた。


『逃げなさい――!』


 自分の前に立ち塞がり、自分を庇って倒れたお母さんの背中。

 あの時、自分は何もできなかった。ただ守られるだけで、何も掴めなかった。


(また……何もできないまま、ただ見ているだけなのか?)


 嫌だ。それだけは、絶対に嫌だ。


 ソラは、激しい電撃の嵐の中へ、迷わず一歩を踏み出した。


「ソラ!」


 背後からカイの鋭い声が飛ぶが、ソラの足は止まらなかった。


 バチィィン!


 凶暴な雷が走り、ソラの右腕の皮膚を容赦なく掠める。焼けるような激痛が走った。それでも、ソラは視線を逸らさず、前へ進む。


「馬鹿野郎! 来るなって言っただろ、聞こえなかったのか!」


 蓮が、悲痛な声をあげて叫ぶ。


「蓮さんが……そんなに苦しそうなのに、放っておけるわけないじゃないですか!」

「お前まで死ぬぞ! 巻き込まれて焼かれるんだぞ!」

「それでもです!」

「なんでだよ! なんでそんな真似ができるんだよ!!」


 蓮の声が、限界を超えてひび割れていた。


 それは怒りではなかった。怒りなんていう安易なものではない、もっと奥底にある、他者への恐怖と、それ以上に深い「渇望」だった。


「なんで……俺みたいな奴のために、そこまでできるんだよ……!」


 ソラは、激しい光の中に立つ蓮の目を、真っ直ぐに見つめ返した。


「わからないです」


ソラは言った。


「そんなの、僕にもわからないです。でも、放っておけない。ただ、それだけなんです」


 蓮の瞳が、大きく揺れた。

 すべてを諦め、冷たく固定されていたはずの彼の瞳が、激しく、揺らめいた。


「……たす、けて、くれ…」



せっかくお菓子食べずにすんだのに。

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