第39話 雷の悲鳴
蓮の笑顔が、崩れ始めていた。
本人すら、その事実には気づいていなかったかもしれない。
だが、彼の身体は嘘をつけなかった。
だらりと下げられた両手が、激しく震えている。指先から、バチバチと鋭い青白い雷が漏れ出し、制御を失った電流が蛇のように大気を這った。
「蓮」
その異変に、隣にいた紫苑がいち早く気づき、鋭い声を出す。
「大丈夫、大丈夫だって」
蓮はなおも笑った。いつものように、すべてを煙に巻くための、張り付いた笑顔。
「大丈夫じゃない」
「大丈夫だって言ってるだろ」
もう一度、無理やり笑顔を作ってみせる。
だが、それに比例するように彼の身体から噴き出す雷は激しさを増し、狂暴に膨れ上がっていく。
その様子を特等席で見つめていた黒いマントが、歪んだ嘲笑を浮かべた。
「ほら。そうやって笑えば、全部丸く収まると思っているんだろう。健気なことだ。だが、身体は正直だな、蓮」
「うるさい……!」
蓮が遮る。笑顔のまま、しかし声音だけは低く濁っていた。
「お前の言ってることなんて、俺には関係ない」
「関係大ありさ。お前だって本当は知っているはずだ。感情を露わにしたところで何も変わりはしない。誰に何を言っても無駄だ。だから諦めて笑う。ずっと、そうやって自分を騙して生きてきたんだろう?」
蓮は答えなかった。言葉の代わりに、凄まじい電撃が爆発的に周囲へ弾ける。
バリバリバリッ!!!
大気が悲鳴をあげるような爆音が響いた。
蓮の身体を中心として、制御不能となった青白い電流が渦を巻き、激しく地面を焼き焦がしていく。あまりの熱量に周囲の空気が蜃気楼のように歪んだ。
「蓮さん!」
ソラが、反射的に一歩前に出る。
「来るなッ!!!」
蓮が吠えた。
笑顔ではなかった。剥き出しの、生まれて初めて見せる『激昂』の表情だっ
「近寄るな! これ以上近づいたら、お前まで黒焦げに焼かれるぞ!」
「でも……!」
「来るなって言ってるだろ!!」
蓮の叫びと共に、雷の檻がさらに半径を広げ、地面のコンクリートが激しく弾け飛ぶ。
あまりの威力に、全員が距離を取らざるを得なかった。
紫苑がすかさず防壁の氷を張ったが、それすらも蓮の放つ雷の熱量によって一瞬で蒸発させられた。
蓮の中で、何かが完全に臨界点を迎えていた。
これまで「笑顔」という強固なフタで抑え込んできたすべての感情が、狂った出口を求めて暴れている。
渦巻く雷の向こうで、必死に拒絶の檻を張る蓮の姿を、ソラはただ真っ直ぐに見つめていた。
近づけば焼かれる。理性がそう告げる。
けれどその瞬間、ソラの脳裏に、あの日の記憶が鮮烈に呼び覚まされた。
『逃げなさい――!』
自分の前に立ち塞がり、自分を庇って倒れたお母さんの背中。
あの時、自分は何もできなかった。ただ守られるだけで、何も掴めなかった。
(また……何もできないまま、ただ見ているだけなのか?)
嫌だ。それだけは、絶対に嫌だ。
ソラは、激しい電撃の嵐の中へ、迷わず一歩を踏み出した。
「ソラ!」
背後からカイの鋭い声が飛ぶが、ソラの足は止まらなかった。
バチィィン!
凶暴な雷が走り、ソラの右腕の皮膚を容赦なく掠める。焼けるような激痛が走った。それでも、ソラは視線を逸らさず、前へ進む。
「馬鹿野郎! 来るなって言っただろ、聞こえなかったのか!」
蓮が、悲痛な声をあげて叫ぶ。
「蓮さんが……そんなに苦しそうなのに、放っておけるわけないじゃないですか!」
「お前まで死ぬぞ! 巻き込まれて焼かれるんだぞ!」
「それでもです!」
「なんでだよ! なんでそんな真似ができるんだよ!!」
蓮の声が、限界を超えてひび割れていた。
それは怒りではなかった。怒りなんていう安易なものではない、もっと奥底にある、他者への恐怖と、それ以上に深い「渇望」だった。
「なんで……俺みたいな奴のために、そこまでできるんだよ……!」
ソラは、激しい光の中に立つ蓮の目を、真っ直ぐに見つめ返した。
「わからないです」
ソラは言った。
「そんなの、僕にもわからないです。でも、放っておけない。ただ、それだけなんです」
蓮の瞳が、大きく揺れた。
すべてを諦め、冷たく固定されていたはずの彼の瞳が、激しく、揺らめいた。
「……たす、けて、くれ…」
せっかくお菓子食べずにすんだのに。




