第33話 番外編 紫苑の氷は必須です
「――却下します」
訓練棟のラウンジに、紫苑の冷ややかな拒絶が響き渡った。
しかし、ソファに寝そべりながらスマホをいじっているカイは、全く動じる気配がない。目を気怠げに紫苑へと向け、唇の端をニヤリと上げた。
「硬いこと言うなよ、紫苑。お前のあの『絶対零度』だっけ? あれ、絶対に最高のかき氷ができるって」
「私の能力は人を救うため、そして戦うためのものです。冷やし中華の麺を締めるために使っただけでも大問題なのに、今度はかき氷ですか。……第一、シロップがありません」
「あ、それならあります!」
トコトコと走ってきたソラが、両手にイチゴとメロンのボトルを抱えて机にドンと置いた。
「日和ちゃんがイチゴで、蓮さんがメロンがいいって!」
「ソラ、お前まで……」
紫苑が頭を抱えた瞬間、背後から覗き込む影があった。
「おねがい…紫苑さん!」
と日和がぬいぐるみのノアの手をパタパタさせながら覗き込んできた。
隣では蓮がニヤニヤしながら
「早くしろよー、こっちはいつでも食えるようにスプーン持って待機してんだからよ」
全員、完全に食べる気満々だった。
「……今日だけです」
紫苑は深く、長いため息を吐き出すと、観念してスッと右手を前に突き出した。
「よし、お前の『極限の氷』、見せてみろ」
カイが面白そうに顎を引く。
「――『絶対零度』」
パキィィィン……ッ!!!
ラウンジに、ガラスが清烈に割れるような美しい音が響く。
次の瞬間、紫苑の手のひらの上に、光を透過して淡く輝く氷が現れた。
ザァァァッ。
ミクロレベルで研ぎ澄まされた結晶は、驚くほどふんわりと空気を含み、まるで今降り積もったばかりの初雪のように机の上の器へと収まっていく。
「うわあああ! すごい! 天然氷よりふわふわだ!」
「本当にきれい……」
ソラが目を輝かせて拍手する。
日和もイチゴシロップを嬉しそうに回しかけた。真っ白な究極の氷が、鮮やかな赤に染まっていく。
「ほら、隊長の分」
紫苑がぶっきらぼうに、最後に作った器をカイの前に差し出した。
「お、サンキュ」
カイは起き上がると、スプーンで豪快に氷をすくって口に放り込んだ。
「いやー、でもマジで正解だったわ」
「何がです」
「お前、第一に引っ張ってきたこと」
「…は?」
「こんな美味いかき氷作れる奴、他にいねぇだろ」
カイは悪戯っぽく笑いながら、紫苑の頭をクシャクシャと手荒に撫で回した。
「な、何を……! やめてください!」
紫苑は慌ててカイの手を振り払ったが、その顔は怒っているというより、どこか気恥ずかしそうに赤くなっていた。
「あ、紫苑さんも食べましょうよ! ほら、練乳もありますから!」
ソラにスプーンを握らされ、紫苑は手の中の不揃いなかき氷を見つめた。
一口、口に運んでみる。
キィンと冷たい感覚のあと、驚くほど優しい甘さが広がって、一瞬で溶けて消えた。
「……フッ」
気づけば、紫苑の唇から自然と微かな笑みが漏れていた。
「おい紫苑、おかわり! 次はメロンな!」
「……調子に乗らないでください、隊長」
文句を言いながらも、紫苑の指先からは、さっきよりも少しだけ楽しげに、清らかな氷の霧が舞い上がるのだった。
はい、紫苑の「今日だけですよ」は
もちろんみんな聞いていません。




