第27話 不揃いな氷
その頃、紫苑は地面に、ペタンと力なく座り込んでいた。
全ての魔力を使い果たし、指一本動かすのも億劫なほど身体が重い。けれど、胸の奥は、生まれて初めて経験するほど不思議と清々しかった。
足元には、氷が溶けて静かに波紋を広げている。
「紫苑さん」
トコトコと足音がして、ソラが隣にドサリと座り込んだ。
「……なんですか、ソラ。疲れてるんだ」
「めちゃくちゃ、すごかったです」
「完璧じゃなかった…形もバラバラで…美しくなかった」
砺波の型からも、父親の教えからも、完全に逸脱していた。あんなものは、ただの魔力の暴発に過ぎない。
「でも、第二部隊の皆さんも、住民の皆さんも、全員助かりました」
ソラは声を大にして言った。そこに一分の迷いもなかった。
「……」
紫苑は、もう一度水面を、見つめた。
完璧じゃなかった。歪で不格好で、泥まみれの力だった。
なのに、目の前の少年は、救われた人たちは、それを「すごい」と言ってくれた。その不完全さや歪さも含めて、丸ごと肯定してくれている。
「……ふっ」
紫苑の口から、微かな呼吸が漏れた。
「紫苑さん?」
「クク……ハハハ」
喉の奥から、乾いた笑いが込み上げてくる。一度溢れ出たそれは、もう止まらなかった。
「ハハハハハ!」
なぜだかおかしくて、全てがおかしくて、紫苑は声を上げて笑ってしまった。
(今まで自分は何をそんなに恐れていたのだろう)
何を頑なに守ろうとして、何のために心を殺し、“完璧”なんていう実体のない檻にしがみついていたのだろう。
「ハハ……っ、ハハハ」
あまりにも滑稽で、あまりにも愛おしい。
紫苑は涙を浮かべたまま笑い続けた。
「え、ええ!? 紫苑さん、大丈夫ですか!?」
突然爆笑し始めた紫苑を見て、ソラが本気で慌てておろおろとし始める。
その様子がまたおかしくて、紫苑は涙を浮かべたまま、さらに深く、お腹を抱えて笑い続けるのだった。
◇
撤収の際、第三部隊長のモモが、トボトボと歩く九条の横に並んだ。
「九条!」
バッチンと威勢よく肩を叩かれる。
「……モモ隊長。お恥ずかしいところを」
「全然大丈夫じゃない顔してるわよ、相変わらず堅苦しい男ね」
モモはフンと鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「あなたの部隊、昔から真面目すぎるのよ。見てて肩が凝るわ」
「……それが、市民を守るための我々の仕事だと信じていた」
「仕事は真面目にやればいいわよ。でもね、人間は真面目なだけじゃ壊れるの。私みたいに、時々大暴れして重力をブッ壊すくらいが丁度いいのよ」
「あなたの場合は、男に振られた時だけでしょう」
モモの身体が、文字通りガタッと硬直した。
「……っ、今日のところは、部隊の危機に免じてその暴言、不問にしてあげるわよっ!!」
顔を真っ赤にして怒るモモを見て、九条は、フッと小さく、本当に微かに笑った。
それを見たモモも、どこかホッとしたように
「ったく、生意気」と呟いて、前へと歩いていった。
◇
その日の夜、第二部隊の自室で、紫苑は静かに自分の右手を見つめていた。
ふっと息を吹きかけるように、魔力を込める。
現れたのは、小さな氷の結晶だった。
いつもより輪郭は柔らかく、完璧な立方体でも球体でもない、不揃いな形。けれど、それは決して崩れなかった。
念じると、氷は手のひらの上で、すっと融解し、透明な水の球体へと姿を変えた。
手のひらの上で、ころころと転がる水滴。
完璧な形なんて、どこにもなかった。
けれど、窓から差し込む月光を浴びて、それは何よりも、優しく綺麗に煌めいていた。




