第25話 絶対零度
パリパリと音が鳴り、彼らを閉じ込める「氷の檻」が形成される。
完璧な形ではない。不揃いで、厚さもバラバラで、美しくもなんともない。けれど、確かに彼らの動きを完全に封じ込めた。
「紫苑、貴様何をしている!」
檻の中から隊員が怒号を浴びせる。
「頭を冷やせ。これ以上は行かせない」
「お前、自分が何をしているか分かっているのか! 背任行為だぞ! 俺たちは正しい規律を――」
「分かっている。だから、止めるんだ」
隊員が内側から、狂乱の魔力で氷の壁を殴りつけた。
バキッと鈍い音がして、強固なはずの壁に亀裂が走る。
第二部隊は、本来なら圧倒的に強いのだ。全員がエリートで、過酷な訓練を積んできた。無駄がなく、正確。
紫苑の張った檻が、内側からの猛攻によって少しずつ崩落を始める。
紫苑は必死に魔力を注ぎ込み、壁をさらに厚く、強くしようとした。だが、こちらが押さえつければ押さえつけるほど、向こうの抵抗も反比例して狂暴になっていく。
(このまま力ずくでいけば、檻ごとあいつらが壊れる)
紫苑の手が、微かに止まった。
頭の中に、最悪な記憶がよぎる。
無理やり型にはめて、押さえつけて、それでも枠からはみ出そうとするなら、もっと強い力で叩き潰す。
――それは、あの父親のやり方と、何が違うというのだ。
完璧にしろ。崩れるな。もう一度。もう一度。そうやって自分を檻に閉じ込めてきた呪いを、今度は自分が仲間に向けている。
紫苑は、自分の震える右手を見つめた。
押さえつけても、壊れるだけだ。
じゃあ……どうすればいい!
その時、いつの間にか隣に並んでいたカイが、静かに声をかけた。
「どうした、ミスターかき氷。手が止まってんぞ」
「……押さえつけても、いつか崩れます。あいつらの力の方が強い」
「そうだな。力ずくのフタなんて、いつか絶対に吹っ飛ぶ」
「じゃあ、どうすればあいつらを救えるんですか!!」
カイは、ひび割れていく氷の檻を見つめ、叫んだ。
カイが、紫苑の頭をクシャクシャと手荒に撫で回した。
「俺が『責任を取る』って言っただろ。全力でやれって言っただろ。崩れても、歪んでも、溶けてベチャベチャになっても構わねぇ。お前が完璧じゃなくても、俺たちが後ろにいる。だから――全部手放しちまえ」
完璧じゃなくていい。
ただ、あいつらを助けたい。
紫苑は、大きく息を吸い、三度、目を閉じた。
そして――今まで命がけでしがみついていた、すべての『制御』を、手放した。
パキィィィン……ッ!!!
廃棄区域に、ガラスが一斉に割れるような、音が響き渡る。
次の瞬間、紫苑が展開していた全ての檻が、壁が、避難路の氷が、一斉に天へと向かって弾けた。
ザァァァッ……!
空気中の水分が猛烈に凍りつき、目に見えないほど微細な、霧のような結晶となって空間を埋め尽くしていく。
「これは……氷の、霧……?」
ソラが驚きに目を見開く。
紫苑が静かに手を伸ばす。
超微細化された氷の粒子は、呼吸と共に第二部隊の隊員たちの体内へと、滑らかに滑り込んでいった。
それは冷たかったが、牙を持たなかった。細胞を傷つけることも、内臓を突き刺すこともしない。ただ優しく、空気のようにそこにあって、第二部隊の身体へ静かに入り込む。
霧流の中に意識を浸した紫苑の神経に、微かな「異物」の感触が伝わってきた。
人間の体温とは明らかに違う、冷酷で不機嫌なナノマシンの脈動。
(……見つけた)
模造コアだ。隊員たちの血管を巡る、微細な悪意の欠片。
紫苑は、体内の霧を一瞬で凝縮させた。
「――『絶対零度』」
パキィ、と隊員たちの体内で小さな音が鳴る。
人間の細胞には一切干渉せず、その内部にある模造コアのナノマシンだけをピンポイントで凍結させ、内側からバリバリと分子レベルで噛み砕いていく。
一つ、二つ、三つ――全員分。
体内の呪縛を内側から完璧に破砕され、浄化された黒く濁った液体の欠片が、隊員たちの毛穴や指先から、シュウシュウと煙のように宙へ吐き出されていく。
空間に浮遊したその黒い欠片たちを、カイが素手でまとめて掴み取った。
そのまま、容赦なく握り潰す。
パキン、と乾燥したプラスチックが割れるような音がして、悪意のナノマシンは完全に機能を停止し、ただの砂となって風に消えた。




