第22話 凍りつく正論
緊急の出動命令が下ったのは、昼過ぎのことだった。
場所は旧機械廃棄区域。
かつて栄えた工場の残骸が集まる立ち入り禁止区画だが、古い電子部品を目当てに違法に侵入する民間人が後を絶たない場所だった。
そのスクラップたちが、一斉に暴走を始めたのだ。
第二、第三部隊が先行出動。第一部隊は後方支援として後続となった。
「――はいはい、どいたどいた! 邪魔よ!」
第三部隊長・モモが現地に到着した時、廃棄区域はすでに鉄の咆哮で満たされていた。
錆びついたフォークリフト、クレーン車の残骸、正体不明の巨大な鉄の歯車。それらがまるで、見えない悪意の命令を受けたかのように、ぎこちない狂った動きで暴れ回っている。
モモはそんな鉄の群れを一瞥し、不機嫌そうに髪をかき上げた。
「ハァ……最悪。今日は遠慮なくいかせてもらうわよ」
「いつも遠慮ないですけど」
モモの部下がすかさずツッコミを入れる。
「凪っ、いつもじゃないわよ!」
凪がボソッと呟く。
「隊長、また振られたんですね」
「うるさいわね全部聞こえてるわよ!! 行くわよ!!」
モモが真っ赤なネイルの施された手を、天に向けて突き上げる。
――瞬間、世界の重力が反転した。
数トンはある重機や鉄の山が、嘘のようにふわリと宙に浮かび上がる。彼女の能力は『重力操作』。
モモがその手を、容赦なく地面へ叩きつけた。
ドゴォォォンッ!! と、鼓膜をぶち破るような衝撃音と共に、大気が激しく震える。
周囲の廃ビルの窓ガラスが一斉に粉々に砕け散り、鉄の塊は自重の数十倍の重力で地面に陥没、一瞬でスクラップへと還った。
「次!」
また浮かせ、また叩きつける。モモの豪快かつ圧倒的な広範囲攻撃に続くように、第三部隊の隊員たちも一斉に突撃していく。機械の化け物どもが次々と沈黙していった。
モモは不敵に笑っていた。だがその瞳の奥には、どこか哀愁に似た、別の炎が燃え盛っていた。
「今日の隊長、いつにも増してエグいな……」
「失恋した時のモモさんはいつだって『歩く天災』ですよね。何回目だっけ?」
「命が惜しけりゃ数えるな」
その頃、第二部隊はエリア外周で、巻き込まれた民間人の避難誘導を担当していた。
「B区画の住民を北側の安全地帯へ! 怪我人は優先して担架に。荷物は後から必ず回収できると伝え、移動を最優先させろ!」
隊長・九条の的確な指示のもと、隊員たちが整然と動く。
無駄がなく、丁寧で、迅速。――最初は、そうだった。
紫苑は列の端で住民を誘導しながら、周囲の隊員たちに「微かな違和感」を覚え始めていた。
何かが、じわじわと、小さなの穴から水が漏れ出すように変わっていく。
最初に変わったのは、ほんの少しの、言葉の刺だった。
「こちらへどうぞ、お急ぎください」が、「こちらに来てください。遅いです」に変わる。
「大丈夫ですか?」という気遣いが、「早く動いてください、足元を見て」という命令に変わる。
隊員の一人が、へたり込んで立ち止まった年配の住民に歩み寄った。
「指示に従ってください。立ち止まらないで」
「ちょっと待ってくれ、あそこにまだ荷物が……」
「荷物は後です。今は動いてください」
「でも、あれは――」
「指示に従えば済む話です。これ以上、私たちの手を煩わせないでください」
あまりに冷酷なトーンに、住民は怯えたように黙って歩き出した。
紫苑はその光景をじっと見つめる。
言っていることは、正しい。避難において命より優先される荷物などない。だが、何かが、決定的に狂っている。
「九条さん!」別の隊員が九条の元へ駆け寄る。「C区画の連中が指示に従いません。勝手な行動ばかりして……」
「怪我人はいるか」
「いません。ですが、危険区域だとあれほど警告したのに、自己責任で入り込んだ連中ですよ? 正直、俺たちがここまでリスクを背負ってフォローする必要ありますか?」
九条が、ピクリと動きを止めた。
「……民間人を保護するのが、我々の仕事だ」
「でも、ルールを無視して勝手に自滅した人間ですよ。」
「誘導を続けろ。……強制はするな」
「……チッ。了解」
隊員は、あからさまに舌打ちをして戻っていった。
九条の端正な顔が、苦渋に曇る。
何かがおかしい。だが、隊員たちの主張はすべて、自分が教えてきた「規律」と「正論」そのものだった。だからこそ、否定の言葉が喉に詰まる。




