第16話 中央公会堂
合同調査の集合場所は、旧市街の入り口――元大阪中央公会堂だった。
100年以上前の美しい赤煉瓦の建物は、崩落した瓦礫と這い回る蔦に覆われ、静かに佇んでいる。ここは模造コアが製造されていた有力候補地だった。
「あ、あの子もいる…」
すでに到着していた第二部隊は、ミリタリー調の装備を整え、九条の指示のもと完璧な隊列を組んでいた。その中にはこの間自販機の前にいた紫苑の姿もあった。
一方、第一部隊はポケットに手を突っ込んだまま、バラバラと歩いてくる。
「侵入経路の確保を最優先とする」
九条がホログラムの地図を広げた。
「第二は東、第一は西から。隊列を崩すな。データ回収時は証拠保全を徹底しろ」
「はいはーい、了解」
カイが気怠げに手を挙げ、西側へ歩き出す。九条の眉がピクリと跳ね上がった。
建物の中は薄暗く、窓から差し込む斜光に埃の粒子が白く煌めいていた。床には倒れた机と散らばる書類。
第二部隊は実に見事だった。一人が入り口をクリアし、一人が端末をハッキングし、一人が周囲を警戒する。無駄な動きが一切ない。
対する第一部隊。
蓮は天井の崩落具合を眺め、日和が放したクロエは音もなく闇に消え、シノだけが黙々と床のデータを拾う。ソラはひっくり返った机を凝視していた。
カイは、ゆっくりと床を踏み締めながら部屋を見回す。
「……かなり急いで逃げたようだな」
背後から近づいた九条が尋ねる。
「なぜそう断言できる。根拠は」
「見りゃ分かるだろ」
「『見れば分かる』では報告書に書けないと言っている!」
「チッ、うるせぇなぁ……」
カイは床の一点を指差した。
「机の倒れ方が内側だ。引き出しが全部開いてるのに、中身が半分残ってる。選んで持っていったんじゃなく、目の前のモンだけ掴んで飛び出した証拠だ。あと、同じ方向に向かってピッチの狭い足跡が複数。慌てて走った人間の歩き方だよ」
九条は足跡を見落としていたことに気づき、目を見開く。
「……言語化できるじゃないか」
「面倒くせぇから普段言わねぇだけ」
九条はまたこめかみを押さえた。この男の、直感に見せかけた恐るべき洞察力が、規律重視の九条にはどうしても計算が合わないのだ。
その時、第二部隊の隊員が紫苑の肩を叩いた。
「紫苑、出力抑えろよ。ここ狭い空間だからな」
「……分かっている」
「また余計な物まで凍らせて壊すなよ?」
「分かっている」
紫苑の声は平坦だったが、ソラには彼の肩がわずかに強張ったのが見えた。
紫苑が静かに手を伸ばす。床に薄い、鏡のような氷の膜が広がり、部屋全体をスキャンして一瞬で消えた。
「……内部に動体反応なし」
「よし、奥へ進む」
九条が頷く。
蓮がソラの横に並び、小声で囁いた。
「なぁ、あれ凄くね? 部屋全体を一瞬で索敵したぞ」
「はい、めちゃくちゃ綺麗でした……」
「なのに、第二の連中リアクション薄すぎない? 変な感じ」
ソラも同じ違和感を抱いていた。紫苑の技術は圧倒的だ。なのに第二部隊は「ミスをしなかったこと」に安堵するだけで、誰も彼の「凄さ」を見ていない。
さらに奥へ進むと、頑強にロックされたセキュリティドアが行手を阻んだ。
九条が手元の端末を確認する。
「鍵のコード解析に時間がかかるな。迂回路を探す――」
その時だった。
「3秒あれば開けられます」
紫苑が静かに口を開く。
第2部隊の空気が少し変わる。
「紫苑、お前がやると破壊がデカすぎるだろ」
隊員の1人が遮るが、紫苑はドアを見つめて
「なるべく小さくやる」
紫苑がドアノブに手を翳した。
――メキメキメキッ、と不穏な凍結音が響く。
金属のロックだけをピンポイントで凍らせるはずが、冷気は一瞬でドア全体へと激しく伝播していった。
重厚な鉄扉のすべてが瞬く間に真っ白な霜に覆われ、完全にカチコチに凝固してしまう。
「……」
紫苑がノブを回すと凍った鍵の部分が壊れる音がする。
「……っ、かっこよ!」蓮が目を輝かせた。
「一瞬だった……!」ソラが驚嘆の声を上げる。
「……きれい」日和がポツリと呟いた。
「使えるじゃん、お前」カイがニヤリと笑う。
第一部隊の絶賛に、第二部隊の面々がざわついた。
だが、九条は表情を硬くし、静かに言った。
「紫苑。ノブの部分だけで良かったんだ。これでは危ない」
「……はい」
紫苑はすぐに視線を落とした。
「なんでだよ、苦情隊長」
カイが九条の前に立ちはだかる。
「開いたじゃん。早いし、誰も傷ついてねぇし、何より綺麗に開いた。文句あんの?」
「ドア全てを凍らせてしまうのは、コントロールができてないと言うことだ。もしもの事があったら――」
「ドアしか凍らせてないぞ。それに時間かけて裏から敵に狙われる方がヤバいだろ。難しく考えすぎなんだよ」
「……それは」
九条が言葉に詰まる。
紫苑は、ただ黙ってその光景を見ていた。また九条の「お叱り」を引き出してしまったという事実が、彼の胸を支配する。
(……また、失敗した)
完璧に、誰にも何も言われないように立ち回らなければいけないのに。




