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Boundary  作者: 楓シロ
14/17

第14話  暴走バス

 店を出て、次の店へ向かおうとしたその時だった。

 遠くで、金属を引き裂くような、凄まじい音が街に響き渡った。


 ――ギギギギギッ!!!

 

 交差点の向こう。

 自動運転バスが、異常な速度でカーブへと突っ込んでくる。

 悲鳴を上げる巨大なタイヤ。火花を散らしながら、車体が制御を失って横滑りしていく。


「危ないッ!!」

 

 歩道にいた人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 ソラの目に、バスの窓ガラスに張り付いて泣き叫ぶ、小さな子どもたちの顔が映った。幼稚園の送迎バスか何かだろうか。

 なのに、運転席には誰もいない。ただ、警告灯だけが狂ったように室内を赤く明滅させている。


「AIジャックだにゃ……!」

 クロエが恐怖で耳を完全に伏せた。

「外部から制御系を完全に書き換えられています」

 アウルが緊迫した声を上げる。


 次の瞬間、暴走するバスは、真正面にある商店街のアーケードへ向かって一気に加速した。


「止めないと……!」

 ソラが息を呑む。

 その真横で、日和は完全に硬直していた。


 頭の奥底から、あの優しい言葉たちが呪いのように蘇ってくる。


『頑張らなくていいよ』

『危ないからやめようね』

『こうした方がいいよ』

『ちゃんとできる人に頼った方が安心だよ』


 日和の“不安”がそのまま伝染したように、ノアの身体が小さく震え、クロエが耳を伏せ、トバリまでもが羽を縮めて身を隠した。 


「日和さん!」

 ソラが強く、その名前を呼んで振り返る。

「俺、バスに乗ります!」

「えっ……」

「だから、周りの人をお願いします!」


 言い終えるが早いか、ソラは地面を力強く蹴り、弾かれたように走り出した。


「ちょっ、ソラ……!」

 日和の静止の声など届かない。ソラは猛烈な速度で迫るバスの側面へと肉薄していく。

 車体を振りながら暴走するバス。

剥き出しのサイドミラーが電柱を派手に粉砕し、容赦なく火花を撒き散らす。


 その隙を突き、ソラが横から車体へと飛びついた。

 ――ガンッ!!

「うわっ!?」


 強烈な慣性に弾かれ、掴み損ねる。

 アスファルトに叩きつけられた靴底が白煙を上げ、ソラの身体が無惨に地面を転がった。


「ソラ!」

 日和が悲鳴を上げる。


 それでもバスは止まらない。

 子どもたちの引き裂くような泣き声、割れたガラスの破片、鳴り止まない警告音。

 ぐちゃぐちゃに混ざり合った音が、日和の頭へと容赦なく流れ込む。

(無理無理無理無理無理無理、わたしには無理――)

 呼吸が浅くなり、胸が締め付けられる。


『危なくない?』『そういうの得意じゃないんだから』

 「あの声」が、日和の四肢を縛りつける。


 だが、前方で、泥まみれになったソラが再び立ち上がった。その目はまっすぐ前を見据えていた。

 ソラはもう一度走る。

 今度は死角となる後部へと飛びついた。

ギリギリで車体の突起にぶら下がる。


「あっ……!」

 落ちる。日和の目が、恐怖に大きく見開かれた。

 次に車体が大きく振られたら、ソラは落ちてタイヤに巻き込まれる!


 その瞬間。

 日和は、胸に抱えていた紙袋を、指が白くなるほど強く抱きしめた。


 中に入っているのは、自分で選んだ布だ。

 柔らかくて、温かい色。

 自分が「これがいい」と決めて手に入れたもの。


「……アウル」

「はい」

 まだ、声は震えている。けれど、そこには明確な「意志」が宿っていた。

「ソラの背中……押して」


 アウルが青い光の尾を引いて飛んだ。

 風を烈烈と引き裂き、今まさに力尽きかけていたソラの背中を、背後から強く押し上げる。


「っ!!」

 推進力を得たソラの身体が前方へ滑り込み、ギリギリのところで割れた窓枠を掴んだ。そのまま、滑り込むようにして車内へと転がり込んでいく。

「っ、はぁ……っ!」


 ソラは痛む身体を引きずり、運転席へと飛びついた。

 しかし、液晶画面に並ぶ制御盤は、不気味なほど真っ赤に染まっている。


 ――ERROR

 ――OVERRIDE

 ――LOCKED


「止まれ……止まれよっ……!」

 いくら力を込めても、ハンドルはびくとも動かない。油圧の抜けたようにブレーキペダルは何の抵抗もなく床に沈み込む。

 背後では、子どもたちが「お母さんっ……!」と互いに抱き合って泣き叫んでいた。


 バスがまた大きく傾く。この先は、コンクリートの建物に正面衝突するコースだ。

 その時。


「ノア」

 外から、日和の声が落ちてきた。

 いつもの、周囲を伺うようなふわふわとした声ではない。

 低く、どこまでも芯の通った、絶対の命令。


「――大きくなって」


 ――瞬間ーー

 ノアの身体が一瞬にして巨大化し、つぎはぎのフェルト生地は、地面を揺らすほどの巨体へと姿を変える。


 ノアは正面から、突進してくる暴走バスを迎え撃つように激突した。

 ――ドゴォォォォン!!!


 内臓を揺さぶるような大音響が響き、衝撃波で周囲のビルの窓ガラスが一斉に細かく震えた。

 流石のノアの巨体も、猛烈な勢いで突っ込んでくるバスに、ズルズルと後方へ押されていく。タイヤの焦げる臭い。まだ止まらない。


「ノア……!」

 日和は布の袋をさらに強く握り締めた。

 ミシミシと音を立てて、ノアのつぎはぎの布地が裂け、白い綿が飛び散る。


 それでも。

 日和の作った人形は、絶対に退かない。

 ノアの巨大な足が、執念で地面へと深くめり込む。

 ――ギギギギギギ、ギギギ…………!


 やがて、火花を散らして空回りしていたバスのタイヤが、抵抗を諦めたように、ゆっくりとその回転を止めた。


 凄まじい静寂が、街を包み込む。

 ひしゃげた車体のフロントガラスの向こうから、白い煙が立ち昇っていた。


「……できた」

 泣きながら降りてくる子どもたちの間を抜け、ソラが駆け寄る。

「日和さん、凄かった! ノアすっごい!こんな大きくなるんだね!」


 日和は、再び小さなぬいぐるみに戻ったノアを抱き上げた。

「終わったクマ」

「ノア、ありがとう…お腹治そうね」

バスと当たった部分が破れている。


その時、泣いていた小さな男の子が、日和の服を掴んだ。

「お姉ちゃん…」

男の子はまだ身体を震わせながらも

「ありがとう」


日和は少しだけ驚いたように目を丸くした。

「お兄ちゃんもありがとう」


「……良かった。」日和がそう言うと

クロエが鼻を鳴らし、トバリが静かに肩に止まる。

日和は、大切そうに布の入った袋を抱え直した。


「……帰ったら、作るね」

「何を作るクマ」

「まだわからない。でも、私が決める」

    

  ◇


街の喧騒から外れた陰で、二つの気配が揺れた。


「また、邪魔が入ったな…」

「でも、そこそこデータは取れましたよ。」

「これで動かせそうだな」

「はい、でも結果は想定とずれています」

「まあ、ここまで操作出来ることがわかればいいだろう。」


低い声がいくつか交わされたあと、2人は路地裏に消えていった。



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