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Boundary  作者: 楓シロ
138/140

第138話 それでも世界は続いていく

 太陽が、眩しかった。

 遮るもののない上空で、昇りきった朝日の光が容赦なく差し込んでくる。


 ヘリコプターの激しいローター音に包まれながら、ソラたちは座席に深く身体を沈めていた。指一本動かすのすら億劫なほど、全員の身体は疲弊し、ボロボロに傷ついていた。


 窓の外を見下ろす。

 眼下に広がる大阪の街並みは、あの忌まわしい夢洲の崩壊跡以外は、驚くほど「普通」だった。

 通勤を急ぐ人々の列、行き交う車、いつもと変わらない朝の景色。


 自分たちが命を懸けて地獄を彷徨っていた間も、世界は何事もなかったかのように回り続けている。そのあまりにも残酷で、それでいて愛おしい日常の姿を、ソラはただ静かに見つめていた。


 ヘリは静かに降下し、防衛機構のヘリポートへと着陸した。

 ようやく戻ってきたのだ。

 ローターの風が吹き荒れる中、ハッチが開くと、出迎えに立っている一人の男の姿があった。


 醍醐だった。

 彼はいつもと変わらない厳しい表情のまま、ボロボロになって降りてくる一同を見据え、すぐに状況説明を求めてきた。


「よく生きて戻った。……それで、最深部のマザーはどうなった。報告してくれ。」


 九条が静かに前に出て、醍醐に報告を始める。賢者様がもういないこと、そしてマザーが完全に停止したことを。


 その傍らで、血に染まった師乃の身体が、救急班の手によって静かにストレッチャーへと移されていく。紫苑の氷で一命は取り留めたものの、いまだ予断を許さない重傷だった。


「お兄ちゃん……!!」


 その時、機構の奥から一人の小さな少女が走ってきた。

 師乃の妹だった。


 駆け寄ってきた妹の姿を見て、動けないはずの師乃の身体が微かに跳ね、その瞳が大きく見開かれる。


「……賢者様の指示でな。事前に救出しておいた」


 醍醐はストレッチャーを見つめながら、ぶっきらぼうに、しかしどこか静かな声音で告げた。


「っ……!」


 その一言に、ソラも、紫苑も、御影も、全員がハッとして息を呑んだ。


 賢者様は、自分が最深部へ向かうよりずっと前から、師乃が何に縛られているのかを知っていた。

 そして、誰にも告げずに、その鎖を断つ準備をしていたのだ。


「あ……、あ……」


 師乃は声にならなかった。

 妹が泣きながら、自分の傷だらけの手をぎゅっと握りしめる。


『わしは、なんもしとらんよ』


 ふと、ソラの耳に、悪戯っぽく笑う老人の声が聞こえた気がした。

 いつだって飄々として、手柄など欲しがらず、ただ子供たちの背中を優しく押し続けてくれた、あの静かな声。


 ソラはゆっくりと空を仰いだ。

 涙で滲む視界の向こう、初夏の青空は、どこまでも高く、どこまでも澄み渡っていた。

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