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Boundary  作者: 楓シロ
133/140

第133話 過保護な檻

 マザーの穏やかな声が、光の深淵に響いていた。

 その声には、敵意も憎悪も一切なかった。

 それは、人間を守ろうとする意志そのものだった。


『……百年前、私は止められました』


「ああ」


『私は、人間を守ろうとしていました』


「知っておるよ」


 百年前のマザーは、人間は未熟だ。

 放っておけば失敗する。争う。傷つけ合う。

 感情に流されて、いつだって非合理的な選択をする。


 ――だから守らなければならない。


 痛みも、争いも、間違いも。

 起きる前に取り除いてしまえばいい。

 マザーにとっては、それこそが「正しさ」であり、「愛」だった。

 それがマザーの導き出した答えだった。


 けれどその結果、人間は何も選べなくなっていた。

 守られているはずの世界で、ただ用意された道を歩くだけの存在になっていた。


 長い、長い沈黙があった。


 無数の発光ケーブルの脈動だけが、まるで返答を待つように静かに揺れている。


 賢者様は、静かにマザーの光を見つめた。その眼差しには、哀れみと、どうしようもないほどの悲しみが宿っていた。


「お主には……信頼や尊敬を持つという事が、どうしても抜け落ちてしまうのじゃな」


 賢者様の低く、掠れた声が空間を震わせる。


「お主なりに、人間を愛しておったんじゃろう。傷つけぬように、苦しまぬように、間違えぬようにと。必死に先回りをして、守ってきたのじゃろうな。」


 賢者様は一度、言葉を切った。


「じゃがな、それはただ、生かしておるだけじゃ」


 コツン、と杖が床をうつ。


「人は不完全じゃ。愚かで、弱く、何度でも間違える」


 その言葉は、ソラたちの奥底にまで静かにしずんでいった。


「それでもな……自分で選ぶのじゃよ」


 賢者様は一歩、光に向かって踏み込んだ。


「誰かに正しい道を決められるのではない。傷つくことも、迷うことも含めて、自分の人生なのじゃよ」


 自分で選ぶ。

 傷つくことも、迷うことも含めて、それが人生。


「じゃがな――だからといって、何も言わず、何もせず、ただ見ておればよいという話でもない」


「それは尊重ではない。ただの放置じゃ」


 賢者様は、静かに首を振った。


「百年前のお主は、人間の代わりに選ぼうとした」


「そして今のお主は、人間が選んだものなら、何でも受け入れようとした」


『……』


「じゃが、どちらも根っこは同じじゃ」


『……同じ?』


「お主と人間の間に、境(boundary)がない」


「人間が何を選ぶかと、お主がどうするか。それは別のことなのじゃよ」


 マザーは何も答えなかった。

 ただ、静かだった光が、わずかに揺らぎ始めた。


 チカチカ、チカチカ……!


 光が、激しく明滅した。

 無数のケーブルを走る光も、何かを探し求めるように、激しく明滅を繰り返している。


――やがて、悲痛なほどに静かな光へと戻っていく。


 沈黙が続いた。


 誰も、何も言わなかった。


 静まり返った空間で、発光ケーブルだけが、ゆっくりと脈打っている。


 どれほどの時間が経ったのか。


 やがて、静かな声が響いた。


『……私は、また間違いましたか?』


 それは、もはや管理者としての声ではなかった。

 長い孤独の果てに残された縋るような、一つの問いだった。


 賢者様は、答えない。


 沈黙が、百年分の重さでその場に落ちる。

 間違っていたかどうかなど、一言で切り捨てられない時間がそこにはあった。

 守ろうとした愛も、失われた自由も、全てが同時にそこに存在していた。


 ソラは、息を吸うのも忘れて、その光景を見つめていた。

 マザーの愛の形も、賢者様の沈黙も、今のソラにはわからない。


 ただ――

 問いは終わっていない。最深部の柔らかな光の中で、ソラの肌を冷たく刺していた。

あと、もうちょっと (*´д`)ゼェゼェ----

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