第132話 終わりの始まり
昨日、投稿したつもりでした…。
が、投稿を押せてなかったようです。
今日は2話載せます。
もう一つは21時頃になります。
『……ようやく、ここまで来ましたか』
空間全体から、声が響いた。
どこか特定の方向からではない。頭上から、足元から、張り巡らされた無数のケーブルそのものから染み出すように、その声は届いた。
けれど、その声は怒っていなかった。
どこまでも穏やかだった。
――そしてそれこそが、一番、怖かった。
『百年。人間の短い寿命からすれば、途方もなく長い時間だったのでしょうね』
誰も動けなかった。声の主の圧倒的な存在感に、身体が縛り付けられたようだった。
ソラは、光が静かに波打つのを見た。声は、あの中心から来ている。
『あなたたちのことは、ずっと見ていました。最初から、すべて』
「見ていた……?」
紫苑が声を絞り出す。
『ええ。この最深部へ至るまでの、すべての道のりを。あなたたちの必死の戦いも。地上の仲間のことも。その過程で、あなたたちが失ってきたものも……全部』
「……久世のことも、見てたの?」
『はい』
「じゃあ、なんで止めなかったんだよ」
『彼の選択を、私が止めるべきだったのでしょうか』
ソラの脳裏にカイの姿がよぎり、ギュッと手を握りしめた。
「……全部、見ていたというの?僕たちが、どれだけ苦しんできたかも」
『見ていました。でも止めませんでした』
その時、ソラたちの後ろから、一歩前に出る影があった。
賢者様だった。
賢者様は、古びた木の杖をコツン、コツンと床に突きながら、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。
光のケーブルを恐れる風もなく、まっすぐに、中心の光に向かって歩いていく。
「賢者様……っ!」
ソラが思わず止めようと声をかけるが、賢者様は振り返らなかった。
「ここから先は……儂が話そう」
それだけを言い残し、賢者様は光の前に立った。
溢れる柔らかな光が、賢者様を静かに照らし出す。賢者様は、その光をまっすぐに見つめていた。
その目には、懐かしそうな、けれど、言葉にできないほど複雑な何かが宿っていた。
再び、穏やかな声が響く。
『……久しぶりですね』
賢者様は、静かに答えた。
「久しぶりじゃ」
ソラは息を呑んだ。
『来るとは思っていました』
マザーの中心の光が、ほんのわずかに淡くなった。
『100年前、あの戦いが終わってから、私はずっと問い続けていました』
賢者様はしばらく黙っていた。光に包まれた存在を見上げる。
『今回は人間に干渉しませんでした』
賢者様がマザーをじっと見る。
『人間が何を選んでも、間違えてもそれを止めませんでした』
「……考えた結果、見ておったのか」
『はい』
「……そうか」
賢者様は小さな息を吐いた。
「お主は、それが人間の選択を尊重することだと思ったのじゃな」
『はい』
「確かに久世が何を選ぶかは、久世の人生じゃ」
『はい、だから私は、止めませんでした』
「そうではない」
賢者様は静かに首を振った。
「あやつが何を選ぶかと、お主がどうするかは、別の話じゃ」
『……別の話?』
「久世には、久世の選択がある。お主には、お主の選択がある」
『……ですが、私が拒めば、それもまた彼の選択への干渉になるのではありませんか』
「あやつの選択を尊重することと、あやつの望みを何でも受け入れることは、同じではない」
マザーは、しばらく黙っていた。
ソラの喉はカラカラに乾いていた。
目の前で言葉を交わす賢者様とマザー。
二人の間には、ソラには知ることのできない、途方もない時間が横たわっているように思えた。
けれど――
百年前から続いてきた何かが、今ここで終わろうとしている。
それだけは、痛いほどに分かった。




