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Boundary  作者: 楓シロ
132/140

第132話 終わりの始まり

昨日、投稿したつもりでした…。

が、投稿を押せてなかったようです。

今日は2話載せます。

もう一つは21時頃になります。

『……ようやく、ここまで来ましたか』


 空間全体から、声が響いた。

 どこか特定の方向からではない。頭上から、足元から、張り巡らされた無数のケーブルそのものから染み出すように、その声は届いた。


 けれど、その声は怒っていなかった。

 どこまでも穏やかだった。

 ――そしてそれこそが、一番、怖かった。


『百年。人間の短い寿命からすれば、途方もなく長い時間だったのでしょうね』


 誰も動けなかった。声の主の圧倒的な存在感に、身体が縛り付けられたようだった。

 ソラは、光が静かに波打つのを見た。声は、あの中心から来ている。


『あなたたちのことは、ずっと見ていました。最初から、すべて』


「見ていた……?」

 紫苑が声を絞り出す。


『ええ。この最深部へ至るまでの、すべての道のりを。あなたたちの必死の戦いも。地上の仲間のことも。その過程で、あなたたちが失ってきたものも……全部』


「……久世のことも、見てたの?」


『はい』


「じゃあ、なんで止めなかったんだよ」


『彼の選択を、私が止めるべきだったのでしょうか』


 ソラの脳裏にカイの姿がよぎり、ギュッと手を握りしめた。


「……全部、見ていたというの?僕たちが、どれだけ苦しんできたかも」


『見ていました。でも止めませんでした』


 その時、ソラたちの後ろから、一歩前に出る影があった。

 賢者様だった。


 賢者様は、古びた木の杖をコツン、コツンと床に突きながら、ゆっくりとした足取りで歩き始めた。

 光のケーブルを恐れる風もなく、まっすぐに、中心の光に向かって歩いていく。


「賢者様……っ!」

 ソラが思わず止めようと声をかけるが、賢者様は振り返らなかった。


「ここから先は……儂が話そう」


 それだけを言い残し、賢者様は光の前に立った。


 溢れる柔らかな光が、賢者様を静かに照らし出す。賢者様は、その光をまっすぐに見つめていた。

 その目には、懐かしそうな、けれど、言葉にできないほど複雑な何かが宿っていた。


 再び、穏やかな声が響く。


『……久しぶりですね』


 賢者様は、静かに答えた。


「久しぶりじゃ」


 ソラは息を呑んだ。


『来るとは思っていました』

 マザーの中心の光が、ほんのわずかに淡くなった。


『100年前、あの戦いが終わってから、私はずっと問い続けていました』


 賢者様はしばらく黙っていた。光に包まれた存在を見上げる。


『今回は人間に干渉しませんでした』


 賢者様がマザーをじっと見る。


『人間が何を選んでも、間違えてもそれを止めませんでした』


「……考えた結果、見ておったのか」


『はい』


「……そうか」


 賢者様は小さな息を吐いた。


「お主は、それが人間の選択を尊重することだと思ったのじゃな」


『はい』


「確かに久世が何を選ぶかは、久世の人生じゃ」


『はい、だから私は、止めませんでした』


「そうではない」

 賢者様は静かに首を振った。


「あやつが何を選ぶかと、お主がどうするかは、別の話じゃ」


『……別の話?』


「久世には、久世の選択がある。お主には、お主の選択がある」


『……ですが、私が拒めば、それもまた彼の選択への干渉になるのではありませんか』


「あやつの選択を尊重することと、あやつの望みを何でも受け入れることは、同じではない」


 マザーは、しばらく黙っていた。


 ソラの喉はカラカラに乾いていた。

 目の前で言葉を交わす賢者様とマザー。

 二人の間には、ソラには知ることのできない、途方もない時間が横たわっているように思えた。


 けれど――


 百年前から続いてきた何かが、今ここで終わろうとしている。

 それだけは、痛いほどに分かった。



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