↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Boundary  作者: 楓シロ
129/140

第129話 命のリレー

 第二形態へ移行した機械の速度は、すでに人間の視界では追えなかった。

 網膜に焼き付くのは、鋭利な残像のみ。


 バチッ、バチバチッ――!


 蓮が床や壁に張り巡らせた電流網が、次々と反応する。

 位置はわかる。だが、攻撃を合わせようとした時には、もうそこにはいない。


「くそっ……速すぎる!」


 しかも機械は、先ほど二人が仕掛けた罠まで学習していた。

 電流網を避け、アカルヒメの反射範囲を避け、そのわずかな綻びだけを正確に狙ってくる。


 日和は必死に精神を研ぎ澄ませ、結界を動かした。

 右を塞げば、左から。左を守れば、今度は背後から。

 機械は反射を警戒しながら、次々と結界の綻びを突いてくる。


 日和はそのたびに結界を展開し直した。だが、敵の速度に合わせて何度も形を変えるうちに、アカルヒメの輪郭が少しずつ薄れ始めていた。

 またしても防壁の綻びを突かれ、冷たい死の気配が日和の喉元に迫る。


「当たらない……! 速すぎる……っ!」

 蓮の悲鳴のような声。


「アカルヒメも、もう限界が近い……っ!」

 日和の背後のアカルヒメが、不安定に揺らいでいた。その輪郭は目に見えて薄くなり、いまにも霧のように霧散してしまいそうだった。


 機械がまた動いた。

 今度はフェイントすらない、直線的な突撃。

 アカルヒメの結界が弱まったことを瞬時に学習し、躊躇なく、真っ向から突っ込んできたのだ。


 パリィィィン……!!!


 ガラスが砕け散るような甲高い音が響き、アカルヒメの結界が真っ二つに割れた。


 ――その瞬間だった。


「日和を、まもるクマ――!!」


 日和の腕の中から、ノアが弾丸のように飛び出した。

 空中で跳ねるように回転しながら、ノアの小さなぬいぐるみの身体が、一瞬にして巨大な熊の姿へと膨れ上がる。アカルヒメの代わりに、ノアはその大きな背中で日和を覆い隠すように立ちはだかった。


 ズシャァァァッ!!


 機械の鋭利な超振動ブレードが、ノアの綿の詰まった胸元を容赦なく引き裂いた。


「ノア――っ!?」


 日和の目の前で、白い綿が飛び散った。


「日和をまもるクマ……ッ!」

 ノアの巨体が激しく揺れる。だが、一歩も退かない。


 機械の計算では、これほどの打撃を与えれば標的は後退するか、あるいは機能停止するはずだった。


 機械がブレードを引き抜こうとした、その瞬間。ノアはあえて自らの裂け目に敵の刃を深く喰い込ませ、布と、裂けた体から溢れ出した綿が、機械の腕へと絡みつく。

 ノアは、自らの傷口ごと敵のブレードを抱え込み、その駆動関節を物理的に封じたのだ。


 ジジ、ジジジッ……!


 想定外の行動に、機械の赤いスリット光が激しく明滅する。


「ノア、下がって! もういいから!」


「やだクマ! 日和をまもるクマ! ノアは日和のクマだから…!それが、ノアのやくめクマ……!」


 機械は強引に自由なもう一本の腕を駆動させ、ノアの身体を執拗に殴りつけた。


 バキバキと、内側の芯が折れる音がする。縫い目が激しく裂け、白い綿が雪のように周囲に舞った。


「ノアッ!」


 日和は思わず、ノアの背中に手を伸ばした。

その手が、裂けた布に触れる。


 けれど、ノアは振り返らない。

 日和を守るために、ただ前だけを向いていた。


 機械の動きが、確実に、綿の檻によって鈍っていく。

 ノアは絶対にその腕を離さなかった。


 蓮はその隙を逃さず、機械の足元に電流を集中させた。機械が退避しようとした瞬間、床を走る電撃が進路を塞ぐ。


「今にゃーーーー!!」


 ノアが命懸けで作り出した一瞬の停滞。

 そこに、クロエが疾風のごとく突っ込んだ。

 機械の超速度を正面から受ければ即死する。だが、ノアが腕を縛り付けている今なら、敵の回避ルートは限定されている。


 クロエは機械の急所へ向かって、限界以上の速度で爪を突き立てた。


 パシィィン!


 火花が散り、機械の首元に小さな亀裂が入る。

 機械はノアへの殴打を中断し、即座にクロエへの反撃に転じた。

 残された足による蹴撃が、クロエの小さな身体を捉える。


「クロエっ!」


 バキ、と鈍い音がして、クロエが床へと激しく弾き飛ばされた。


 日和は息を呑んだ。


 起き上がったクロエの身体は、大きく歪んでいた。

 片方の耳が引きちぎれかけ、痛々しく垂れ下がっている。


「大丈夫にゃ……まだ、あいつの目が、アタシを見てるにゃ……!」


 クロエは歪んだ身体を無理やり引き摺り、獰猛に牙を剥いて再び機械へと床を這うように滑り込み、再び喉元へ喰らいついた。


 ガキィィン……!


 二度目の牙が、先ほど刻んだ亀裂をさらに押し広げた。

 機械の駆動に、再び一瞬の空白が生まれた。


 だが、次の瞬間、機械の蹴撃が再びクロエを薙ぎ払った。

 今度は連絡通路の壁に激しく激突し、床へ落ちる。もう、ピクリとも動かなかった。


「クロエ!!」


 日和は駆け出そうとした。その時、


「……アウル、繋いだニャ……ッ!」


 高く、高く上がっていたアウルが、限界まで羽を広げて虚空に舞っていた。

 上空から、ノアとクロエが命を削って止めた機械の姿を、その鋭い眼光で見下ろしている。

機械は、ノアとクロエの対処に集中し、上空への警戒が完全に疎かになっていた。


「見えたホー……! 首の付け根ホー!!」


 アウルが、弾丸のような速度で一直線に落下した。

 全ての力を一点に集中させた突撃。クロエが穿った首の付け根の亀裂へ、アウルの鋭い嘴が完璧に突き刺さった。


 バチチチチッ……!!!


 機械の頭部が、ガクガクと痙攣する。

だが、次の瞬間、片腕を異常な角度で跳ね上げ、アウルの小さな体を容赦なく、掴み取ったのだ。


「アウルー―ッ!」


 ドガッ……!


 機械は掴んだアウルを、全力で床へと叩きつけた。

 激しい衝撃音と共に、アウルは床に転がり、動かなくなった。片翼が、痛々しく折れ曲がっていた。


 日和は、目の前の光景を見つめた。


 ノアは裂けた身体から綿を溢れさせながら、なおも機械のブレードを抱え込んでいる。

 壁際には、身体を歪ませて倒れたクロエ。

 床には、片翼を折られたアウル。


「……ノア」


 呼びかけると、ノアの耳がわずかに動いた。

それでも、振り返らない。


日和は唇を噛んだ。


こんなになるまで……。


ノアは、まだ戦っている。

クロエも、アウルも。

あんな姿になりながら、次へと繋いでくれた。


日和は、もう一度ノアに手を伸ばした。

目の前の機械が、ブレードの出力をさらに上昇させた。


蓮が再び電流を放つ。しかし、首元から火花を散らしながらも、機械はゆっくりと動き始めていた。


日和は伸ばした手を、ぎゅっと握り締めた。


「ノア……クロエ……アウル……」


3匹が繋いでくれた、この一瞬。

日和は、ノアの背中越しに赤い光を放つ機械を見据えた。


「今度は、私が繋ぐ……!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。